カスパルについて語るリンハルトの話だったんですが、書きかけだったものを先生とリンハルトの支援S見た後に清書した結果、原型がなくなりました。
元の話はまた別途書けたらいいな。
この二人いっつもごろごろ寝転がらせてしまうのでいい加減起きてる話を書きたいです。今回も寝転がってます。
昼寝の練習をしましょうよ。
リンハルトは弾んだ声でそう言って、宮城の一室で書類の山に囲まれているベレトを連れ出した。
長く続いた戦争が終わり、影で暗躍していた悪意も根こそぎ断ち切った。戦場で指揮官を担った元教師はこれで御役御免――とはならず、ベレトは元教え子であるアドラステア皇帝に請われるまま、アンヴァルの宮城で諸々の事後処理に励んでいる。ベレトが昔と変わらず勤勉な一方で、リンハルトはその勤勉なベレトを無理やり連れ出しては引きずり回すことですっかり有名になってしまった。無論、悪名である。彼は皇帝直々の任命で、新設された大規模な研究機関の長を務めているためそれなりに多忙なはずなのだが、頻繁に宮城に潜り込んではこうしてベレトを連れ出してしまうのだ。口さがない者たちの間ではろくでもない誘拐犯呼ばわりをされている。本人はそんな中傷など全く気にした様子がないのだが。
上機嫌に弾んだ足取りで前を行くリンハルトの背中を見つめ、ベレトは心の中でため息をついた。リンハルト本人が気にしていなくても、ベレトは気にしている。自分が最も大切に想っている者を悪様に言われて、何も思わないほど鉄面皮ではいられない。
ベレトがリンハルトから指輪を受け取り、「貴方を自分のものにしたい。貴方の一番でありたい」という直截な言葉に頷いたのは、戦争終結後すぐのことだ。それから間もなく『真の敵』である、フォドラに根差した悪意の掃討という別の戦いが始まった。ひっそりと変化した二人の関係は激動の日々に押し流され、誰に知られることもないまま、今度こそ全てが終わった今日に至っている。ベレトが自分の何もかもをリンハルトに明け渡したことは、本人達以外の誰も知らない。あのエーデルガルトとヒューベルトですらも。だからリンハルトがこうしてベレトを連れ出すことに、皆が眉を顰めるのは仕方のないことだとわかっている。わかってはいるが、気持ちはまったく納得していない。ベレトからすれば、リンハルトと離れ離れの生活を強いられている現状の方がおかしいのだ。もうとっくに彼のものになっているのだから、リンハルトがベレトをどうしようが、誰に咎められる筋合いもない。彼は当然の権利を行使しているだけだ。だがそれを宣言するきっかけを掴めないまま、ずるずるとここまで来てしまった。その結果、リンハルトが被らなくてもいい汚名を着せられていることに、ベレトはずっと心を痛めている。
リンハルトに先導されたベレトが辿り着いたのは、アンヴァルの郊外にある小高い丘だった。風景の一部として遠目に見たことはあるが、実際に来たのは初めてだ。正午過ぎの日差しはやや強めだが、まばらに生えた広葉樹の下には柔らかな木漏れ日が落ちている。その内の1本がベレトの目を惹いた。特別大きく立派な木ではなかったが、横に伸びた枝は傘のように広く地面に影を作っている。葉の量は多過ぎず少な過ぎず、適度に陽の光と風を通していた。昼寝にはちょうど良さそうで、何よりリンハルトが好みそうな場所だった。直感は間違いではなかったようで、リンハルトはベレトの手を引いてその木の下に潜り込むと、躊躇いもせず根元を枕にして横たわった。ところどころ柔らかく青々とした草が生い茂ってはいるが、敷物も何もない地面である。平民の一生に一度の晴れ着よりも遥かに上等で繊細な仕立てを普段着として纏うリンハルトが、土汚れを気にするそぶりもなく地面に寝転がる。人によってはぞっとする光景なのかもしれないが、ベレトにとってこれは幸福と平穏の象徴だ。胸の内にじわりと温かさが広がるのを感じながら、ぎゅっと握られたままの手を引かれ、横たわる彼の隣に座り込む。それでは足りないとばかりに、リンハルトは更にベレトの手を引いた。彼は無言だったが、ベレトを見上げる目は穏やかな光を湛えており、口元は柔らかく弧を描いている。昼寝の練習とは口実ではなく、本気のお誘いだったらしい。
「眠くはないよ」
「目を閉じていれば眠くなりますよ。こんなに良い日当たりなんですから」
ほら、と強請るように腕を広げられたのが決定打となり、早くも根負けしたベレトは大人しく彼に倣って横たわった。すかさず伸びてきた腕に自ら身を寄せて、背中に回った手の感触を堪能すべく目を閉じる。草と土の匂いの向こうに古い紙とインクの匂いを嗅ぎ取って、ベレトは無意識にその匂いを辿るように鼻を擦り寄せた。鼻先はすぐ何かにぶつかり、吸い込んだ空気の中に他の何にも例え難いリンハルト自身の匂いを見つける。彼の胸元を飾る装飾具の硬さだけが、少し煩わしく感じた。
「今日は甘えたですねえ、先生」
「久しぶりだから」
嘘か真か一部で『覇王の翼をもぐ者』などという大それた二つ名まで付けられているらしい誘拐犯ことリンハルトだが、ベレトが彼に連れ出されるのは実に一節ぶりのことだ。それまでは三日に一度くらいの頻度で連れ出されていたのに、ある日ぱったりと姿を見せなくなったのだ。研究機関の仕事が立て込んでいたのか、彼の『悪行』を止めようとした何者かの画策があったのか、リンハルトのごく個人的な都合なのか、理由は定かではない。久しぶりに会う彼とそんな辛気臭い話題で口火を切りたくなかったベレトは、何も聞かなかったからだ。
「眠たくない。というより、寝たくない。君を補給する時間が減る」
リンハルトの胸元に顔をうずめて、ベレトは小さくかぶりを振った。くぐもった声はそれでも彼の耳に届いたのだろう、ベレトの背中をあやすように撫でていた手がぴたりと動きを止める。静止したのは手だけではなく全身で、密着しているベレトにはリンハルトの身体に走る微かな緊張がよくわかった。珍しく、リンハルトが照れている。してやったような気になって、ベレトは小さく笑いながら顔を上げた。腕の中の自分を見下ろす彼のどこか気まずげな赤い顔を見ると、いっそう愉快な気分になった。
「……僕も睡魔がどっか行きました。先生のせいで」
「そうか。ちょうど良かった。話したいことがあったから」
わざとらしく不満げに眇められていたリンハルトの目に動揺が浮かび、視線がベレトから逸らされる。伸ばした手で彼の頬を撫でて、ベレトはその視線を自分の方へと引き戻した。
「大丈夫、悪い話なんかしない。ずっと何かを、不安に思っているだろう? 話せるようなら、聞かせてほしい」
「……僕ってそんなにわかりやすいですか?」
「いや。君は本心を隠すのが上手い方だと思う。わかるのは自分が君のことが好きで、よく見ていて、ずっと一緒にいるからだ」
ベレトが目を覗き込んでそう言えば、リンハルトはぎゅっと口を引き結んで顔をしかめた。そろそろと離れていく腕を捕まえて、起き上がろうとするリンハルトを引き止める。ことごとく逃げ道を潰されたリンハルトは恨みがましい目をベレトに向け、それから諦めたようにため息をついた。
「……杞憂だし、考えても仕方がないことです。悩むだけ無駄。だから言わないんです」
「わかってる。自分が聞きたいんだ」
「……本当につまらない悩みですよ。先生は……僕で、良かったのかって」
吐き出された言葉は淡々と響いたが、その奥にあるものを読み取れないほど浅い関係ではない。ベレトは身じろいで体勢を整え、そのままリンハルトの頭を抱え込んだ。つむじに鼻先をくっつけると、お揃いで使っている石鹸の香りとほんのりとした温かさが伝わってくる。
「不安にさせた?」
「先生のせいじゃないです。……まあ、色々あって」
「ここ一節、会いに来なかったのも?」
「宮城に行きたくなかったんですよ。……先生に大きな話が来てるでしょう」
「? 心当たりがない」
「ええ……? 陛下との婚姻の話、来てません?」
「なんだ、そのことか。断ったよ」
「あのですね、先生。皇帝の伴侶に、って打診は普通「なんだ、そのことか」で済ませられるものじゃないんですよ」
「真剣な打診ならそうだろうが、エルもヒューベルトも政略上せざるを得なかっただけだ。難しいんだな、一国の主の立場は。想い人と一緒になるのに、ただの元傭兵に一度話を通さないといけないなんて」
「貴方は先の戦争の一番の功労者で、英雄で、現皇帝の翼とまで言われてますからね。自覚はないようですが、元傭兵なんて肩書はとっくに上書きされて消えてますよ」
ようやくリンハルトの声に常と同じ張りが戻り、こぼれた笑い声を聞いてベレトはほっと息を吐いた。長い後ろ髪をすきながら、その頭をそっと撫でる。抱き寄せた肩は、前に比べて少し薄くなっている気がした。しばらく会わない間に不摂生な生活をしていたのかもしれない。
「悩んでいたのは、エルのその件?」
「……そう、なんですかね。自分でもよくわからなくて。先生を疑ってるとか、そういうわけじゃないんですけど」
「そうか。自分があれからずっと君のもので、これからもそうでありたいし、君と歩む未来以外は考えていないことは伝わっているんだな?」
「……それは、もちろん。貴方の愛情表現は、まっすぐでわかりやすいので」
リンハルトの声はまた小さくなってしまったが、今度は胸が軋んだりはしなかった。彼は縋るように頭をベレトの胸に押し付け、所在なさげに彷徨わせた手でベレトの服の裾を掴んでいる。艶やかな髪の間から覗く耳は真っ赤だった。興味と好意を飾ることのない直截な言葉で表明し、多くの仲間たちの心を乱してきた実績を持つリンハルトだが、彼は自身に向けられる好意に存外弱い。
「君に倣ったんだ。伝わっているなら嬉しい」
「ええ、十分過ぎるほど伝わってますよ」
「良かった。でも、漠然とした不安が拭えない?」
リンハルトは答えなかった。むずがるように頭が微かに動いたが、それが肯定か否定か判断するのは難しい。
「本気で婚姻を申し込まれたとしても、誰が相手だろうが断るよ。もう心に決めた人がいるから」
「……はい。わかってます。……ああ、これか。これかも」
後半はベレトへの言葉と言うより、独り言のようだった。ふいに顔を上げたリンハルトが、じっとベレトの顔を見つめる。耳まで真っ赤にして照れていたのが嘘のように、その双眸は静かに凪いでいた。
「僕、貴方を縛りたくはないんですよ。僕のものになってくださいって言っておいて矛盾するようですけど」
「縛られていると感じたことはないな」
「そうですかね。……僕がもし、あの一生に一度のお願いをしていなくて、先生が今誰のものでもなかったら? それで本気で婚姻を申し込まれたら、貴方は少なくとも一度は真剣に検討しますよね」
リンハルトの声は、その視線と同じく静かだった。もしもの話を彼がするのは珍しい。
「……その自由を、結局僕が奪っています」
「君が自分たちの関係を公言したがらなかったのも、それが理由か?」
ふと点と点が線で繋がりかけた気がして、ベレトはリンハルトに尋ねた。咄嗟に閃いた思いつきのため脈絡のない問い掛けになってしまったが、彼には難なく伝わったらしく小さな頷きが返ってくる。
リンハルトの指輪を受け取り密やかに将来を誓いあったことを、彼は二人だけの秘密にしてほしいと言った。二人の関係が未だ周囲に一切知られていないのは、リンハルトがそう望んだからだ。ベレトはそれが彼の望みならと深く考えもせず快諾したが、まったく疑問に思わないわけではなかった。リンハルトは良くも悪くも他者に評価を委ねない。常に自分にも他者にも正直で自然体、交際や深い間柄を声高に喧伝することも、逆にひた隠しにすることとも無縁な性格だ。その彼が何故わざわざ「秘密にしてほしい」などと言ったのか。その答えの端を今、ベレトは掴んだ気がしている。
「自分に他の……君以外の相手が出来た時、面倒がないように?」
「……ええ、まあ。戦争が終わって落ち着いたら、先生のところに釣書が山程届くのは予想できたことですし」
「心外だ。どんな条件を持ち掛けられようが、心変わりなんてしない」
ベレトは珍しく眦を釣り上げて、遺憾の表情を浮かべて見せた。リンハルトはベレトの気持ちを疑ってはいないと言うが、これで信じてもらえていると思うほど能天気ではない。
本人も言っていたが、リンハルトらしくない悩み方だ。こうまで曖昧に言葉を濁されると、裏側に何かがあるのではと勘繰ってしまう。たとえば、いかにもベレトのためと言わんばかりだが、『他の相手』がいるのはリンハルトの方なのではないか、とか。周囲に知らせないでほしいと言ったのも、その方が関係を解消する時に後腐れがないからか、だとか。一度悪い考えが過ぎれば、玉ねぎの皮を剥くように際限なく、ずるずると思考が引きずられる。そのほとんどがリンハルトを疑うような内容で、気分が悪くなったベレトは首を振り、無理やり考えるのを止めた。久しく会えていなかった恋人に、こんなに気持ちいい木漏れ日の下で悪辣な言葉を投げる趣味はない。そもそも言わないつもりのリンハルトに、聞かせてくれと強請ったのはベレトの方だ。
小さく息を吐いて、ベレトは上体を起こした。何かを考え込んで口を噤むリンハルトの頬をそっと撫でる。寝転んだままの彼は頑なにベレトの方を見ようとはしなかったが、その手が振り払われることもなかった。
それからしばらく、沈黙の時間が続いた。常とは違う気まずさを、どこからか響く小鳥の囀りや、ゆっくりと角度を変えてゆく日差しが和らげてくれる。
木の幹に背を預け、ベレトは横で丸くなったリンハルトの髪や頬を撫で続けた。彼が抱いている不安は、正直に言ってよくわからない。本人もわかっていないようだから、仕方ないと半ば諦めている。リンハルトの言うとおりベレトのせいではないのだとしたら、ベレトにできることは何もない。それがどうにも口惜しくて、悪あがきのように彼に触れる手を止められずにいる。
「……僕、先生は陛下を選ぶと思ってました」
長い沈黙をふいに破ったリンハルトの声は、不自然なくらいにいつも通りだった。
「エルを?」
「はい。そうやって愛称で呼ぶくらいですし。それに、ずっと前……士官学校の頃も噂になってたんですよ。女神の塔で逢引をしてたとか、何とか」
「……女神の塔? ああ、あれか。偶然会って少し話しただけだ。リンハルトも噂を気にするんだな」
「貴方のことだったので。他のことなら聞き流したと思いますよ」
遠い過去を懐かしんで、リンハルトの口元が微かに緩む。その頃から好きだったので、と穏やかな顔に声もなく告げられているような気がした。
それはベレトの自惚れなどではないだろう。先程脳裏に過った悪い考えなどもう欠片も残っていない。一刻に満たない時間ですっかり忘れてしまうくらいに、リンハルトから送られる愛情は疑いようもなく大きくて、いつだって安らいだ気持ちにさせてくれる。だから同じものを返したいし、同じように安らいでほしい。望むのはそれだけなのに、と髪に覆われて見えない顔に視線をやったベレトは、ふと思いついた。まるで雷に打たれたように、唐突な天啓だった。
「……リンハルト。近々時間を作ってくれないか。君と、ご両親の」
「……父ではなく? 母もですか?」
「結婚の前に挨拶に行きたいんだ」
「結婚……?」
知らない単語を聞いたような顔をして、リンハルトがベレトを見上げる。
「え、誰と誰のですか?」
「君と自分の。君が嫌なら無理にとは言わないが」
「いえ、嫌ではないです。ないですけど、どうしてそんな急に」
「そろそろ周りに知らせてもいいんじゃないかとは思っていた。自分はリンハルトのものなのに、こうして誘われる度に君が悪く言われるのは解せない。結婚して公表すれば、そういうことは減るだろう」
「いや、どうかな……妬まれて悪化する気がしなくも……。というか先生、そんなこと気にしてたんですね」
「君の『つまらない悩み』と同じだ。自分にとっては大ごとで、言うほどつまらなくもない」
ぱちぱちと目を瞬かせたリンハルトは、どこか驚いた顔をしていた。薄く開いた唇の奥で、確かめるようにベレトの言葉を転がして、反芻して、それから身を起こそうと上半身を持ち上げる。意思に身体が反したのか、気力が追いつかなかったのか、数秒の間起き上がろうと頑張っていたリンハルトは結局諦めたらしく、再度木の根に頭を預けた。寝転んだままにじり寄られて、ベレトと彼の距離がほぼなくなる。撫でやすくなったと喜んで髪をすくと、彼は気持ちよさそうに目を閉じた。
返事をしてもらっていないが、この様子なら嫌がられてはいないだろう。どこまでも都合よく解釈して、ベレトはリンハルトを撫で続けた。触れる場所はどこも陽だまりのあたたかさで、手のひらがじんわりと心地よい。
「リンハルト、釣書のことだが。君も人のことを言えないくらい、山程届いているだろう」
「……どうでしょう。見てもいないし知らないです」
「だろうと思った。自分と結婚すれば、それは間違いなく減る。君は煩わされず、ご令嬢も釣書をしたためる手間がなくなり、紙資源も守られて三方良しだ」
「ふふ、何ですか、それ。さっきからいやに貴方と結婚する利点を説明してくれますね」
「正直、君にとっての利点はもう品切れだ。後は、自分の都合しかない」
「先生の都合?」
「君が釣書のご令嬢に押し負けて結婚するかもしれない不安が消える。それから自分は君のもので、君は自分のものだと堂々と言える。好きな相手を聞かれた時にリンハルトだと答えられる。そうできたらすごく嬉しいのにと、ずっと考えていた」
「……そうなんですか。それならそうと言ってくださいよ、もう。というか、そっちでいいんですよ、求婚の言葉は。利点で相手を選ぶ打算的な婚姻がしたければ、喜んで貴族をやってますよ」
頬に触れるベレトの手に自身の手を重ね、リンハルトは身体を小さく震わせながら声を上げて笑った。相当面白かったのか、それとも別に理由があるのか、眦にはうっすらと涙が浮かんでいる。それを指の背で拭いながら、ベレトも釣られたように笑った。
「そうか、これは求婚になるのか。しまったな、もう少し場所とか考えるべきだった」
「いいじゃないですか。こんなにいい天気で、風が気持ちよくて、あたたかい木漏れ日の下で、隣に貴方がいる。……天国ですよ、本当に」
「そうか。それなら、良かった」
どちらのものとも取れない安堵と優艶が入り混じったため息とともに、柔らかな沈黙がその場に満ちた。重ねた手の指同士を緩く絡めて、無言の中で二人まどろむ。
そうして木漏れ日を浴びているうちに、逃げてしまった睡魔を連れ戻すことに成功したらしいリンハルトが何事かを呟いている。夢の入り口に立っている彼の口元に耳を寄せて、ベレトは眠たげなその声に耳をそばだてた。
――僕も先生のものに、なれるんですね。
ふわふわと不明瞭で途切れ途切れで、本当にリンハルトがそう言っていたかはわからない。ただなんとなく、これが彼の抱えていた漠然とした不安の根っこなのだと直感した。
彼が自由を愛して束縛を嫌うと知っていたから敢えて言葉にしなかっただけで、ベレトは当たり前のようにリンハルトは自分のものだと思っている。それを伝えない気遣いがかえって彼を不安にさせたのかもしれないと気づいた途端、申し訳ない気持ちとともにじわじわと滲むような歓喜が湧いた。そのいじらしさが愛おしくて、無性に抱きしめてやりたくなった。残念ながら背を丸めて本格的に寝入ってしまった彼に、そうすることは難しい。
その代わり閉じた瞼に、露わな額に、あたたかいこめかみに、柔らかな髪に、思いつくまま唇を落とす。静かに寝息を立てはじめたリンハルトは、悪戯に触れるベレトを無防備に受け止め、穏やかな寝顔を晒していた。
「君が自分を選んでくれたように、自分も君を選んだんだ。……女神の塔で待っていたのは、いつだって君のことだったよ」
丸い耳をそっと撫でて、当たり前すぎて言っていなかった想いをこぼす。彼の眠りを邪魔したくはなく、声は囁くように小さく掠れた。
