しれっと生徒と関係を持ってるけどそれを誰にも悟らせずに表情の乏しさですべてを乗り切っている若干狡猾(?)な先生が見たいなと思って書いたやつその1。
1:8:1で上っ面の普通さ:しょうもない下ネタ:当サイト比で真っ当な(?)いかがわしさが配分されています。
先生もリンハルトもソティスもみんなあけすけに下世話な話をするのでご注意ください。
「ちょっと僕にも、紋章とか調べさせてくれません? その身体を僕に預けて、いろいろと探らせてくださいよ」
ベレトがリンハルトにそう言われたのは、竪琴の節のことだった。すっぽかされた講義の資料を届けるために彼の部屋を訪れた際、資料を渡してからもなんとなく続いた雑談の中でリンハルトはそう言った。一部の音だけ拾えば傭兵団の酒盛りで飛び交う猥雑な言葉によく似ていたが、それを口にした当の本人は無邪気な笑顔を浮かべながら双眸を煌めかせており、ベレトが反射的に連想した仕事仲間の下卑た笑い声が一瞬で遠のいたことを覚えている。どろどろとした欲望やねっとりとまとわりつく熱気とは一切無縁の、純粋な好奇心だけが宿る目を向けられて、これが無垢というものかもしれないと思ったものだ。
リンハルトが独学で紋章の研究をしていることを知ったのもその時だった。彼の部屋の床を埋め尽くす大量の本のほとんどは紋章学に関わるもので、書庫から借りてきたと思いきや私財をはたいて蒐集したものだという。「私財と言っても正確には親の金ですけど」とは本人の弁だが、金の出処はともかく紋章にかける彼の熱意が本物だということは、読み込まれて付箋だらけの書物の数々を見れば瞭然だ。
この時の話はリンハルトの眠気によってうやむやになってしまったが、彼に調査を依頼するのは悪くない手だとベレトは思った。謎の紋章を宿していることが判明してからというもの、ハンネマンに血肉や髪の毛を提供して調べてもらっているが結果はまだ出ていない。紋章学の第一人者であるハンネマンの能力を疑っているわけでもなければ、リンハルトの才について何かを知っているわけでもないのだが、問題解決の切り口は多いに越したことはない、というのがベレトの考えだ。それにリンハルトが強い興味を持つ紋章の調査をきっかけに、眠気を堪えて授業に出てくるようになるかもしれないといった副次的な効果も期待できる。前向きに検討する価値があるだろう、彼に身体を預けるかどうかはともかくとして。
調べるのは数日後に、と眠たげな声で言ったリンハルトに従い、ベレトは日を置いてから改めて彼を訪ねた。この時点で判明していることといえばベレトが紋章を宿していること、その紋章が何なのかハンネマンですらわからないことの二点だけだったが、リンハルトはベレトの想像を遥かに越える勢いで食いついてきた。ハンネマンが行った調査の詳細を隅から隅まで知りたがり、矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる彼の勢いにおもわず気圧されてしまったほどだ。真新しい紙束を取り出して、ベレトが一言何か言うたびに恐ろしい速度でびっしりと文字を書き連ねる姿は鬼気迫るものがあった。思案に沈む横顔は研究室でハンネマンが見せる表情とよく似ていて、研究者とはかくあるべきかとベレトはいたく感心したものだ。
その熱心さに比例するように、リンハルトは優秀だった。好きこそ物の上手なれとはよく言ったもので、調査を始めて一節も経たないうちにベレトの宿す紋章が『炎の紋章』ではないかという仮説を立てていたのだ。天帝の剣の一件を機に確証を得たハンネマンがベレトに宿る紋章を炎の紋章だと断じたのは翠雨の節のはじめであるが、その名前をベレトは先にリンハルトの口から聞いて知っていた。もちろん、リンハルトも断言はしていない。あくまでも可能性として、というやや頼りない語り口ではあったが、早期にその可能性まで辿り着けたのは紛れもなくリンハルトの才や思考の柔軟性の賜物だ。
君の仮説の通りだった、と告げた時のリンハルトの嬉しそうな顔が忘れられない。教師になって三節を過ごしてもその役割に慣れていなかったベレトが、共に学び、教え、導くということに初めて明確な喜びを実感した瞬間だった。
自身の紋章の正体が判明してからも、ベレトはリンハルトの個人的な研究に付き合い続けている。実益が兼ねられることから余暇の使い方としては有意義であるし、なによりリンハルトが意欲的だ。エーデルガルトによれば最近はベレトの講義でなくとも真面目に出席しているらしく、睡魔を理由に物事をすっぽかすこと自体が減っているらしい。研究にかまけて学業が疎かになるようではベレトの方も考えなくてはいけないと思っていたが、おそらくリンハルトは何を言われずともそれを理解しているのだろう。個人的な研究を続行するために講義に出ていると考えると動機が若干不純な気がしなくもないが、どんな形であれ彼が学業を通じて色々な知見に触れてくれるのは良いことのはずだ。
ベレトとリンハルトの関係は今も変わらず、教師と生徒でありながら研究対象と研究者でもある。一生徒に肩入れし過ぎることについてはセテスが度々懸念を表明していたため、リンハルトの自室を訪ねるのは早々にやめた。他に都合の良い場所としてハンネマンの研究室を間借りさせてもらう案も考えたが、リンハルト本人の強い希望を受けて今はベレトの自室を使っている。ハンネマンとは異なる独自のアプローチで研究を進めているリンハルトにとって、設備や議論相手が整った環境はかえって雑音になることもあるようだ。ベレトはそう納得して自室にリンハルトを招いているが、これでは一生徒に肩入れしている状況に変わりはない。だがリンハルトにはなるべく人目を忍ぶよう言い含めているし、他の生徒の目に入らなければそもそも何の問題もないことだ。セテスが聞いたら青筋を浮かばせかねない屁理屈だが、ベレトはいたって真面目にそう考えている。幸か不幸か自室を使うようになってからはセテスに説教されることがなくなったので、ベレトが考えを改める機会は来ていない。
血や髪の毛といった生体を採取して行われる実証を主目的とするハンネマンの研究と違い、リンハルトの研究は彼自身の直感的な発想に端を発するものが多い。生体の採取はほとんど行わず、ベレトとの些細なやりとりから要素を拾い上げて可能性の枝をどこまでも伸ばしていく様は、研究者というよりも占星術師に代表される助言者のようだとも思う。無数に立てられた仮説を一つ一つ検証する際には研究者らしく生体情報の記録も用いるが、リンハルトはそういった分析の段階よりも前、問題の特定や仮説の作成段階でこそ才華爛発するのだろう。常識に囚われない柔軟な発想力にはハンネマンも一目置いているようで、リンハルトを探索的研究に特化した貴重な人材と認めて研究者同士の対話を楽しみ、自身が収集した数々の記録も惜しみなく融通してやっているようだ。
このように何気ない会話の一端から自由な発想をどこまでも広げていくのがリンハルトであり、彼がベレトの自室の中で投げかける問いかけは一つの例外もなく研究に関わるものだ。問いかけの内容がベレトにとってどれほど脈絡も突拍子もないものであっても、リンハルトにとっては研究に繋がる重要な問いかけであり、茶化したりふざけた返答をしようものなら彼の信頼を損ねてしまうことが予想できた。普段は延々とくだらない話に興じてくれるリンハルトだが、こと研究の場においては無駄な質疑応答を厭う傾向にある。
だからきっと、これも彼にとっては真面目で重要な質問なのだろう。返答を待つリンハルトの凪いだ目を見つめながら、ベレトは先ほど投げられたばかりの問いかけを脳裏で反芻した。
「先生って、傭兵時代はどのように性処理してました?」
『とんでもない事を言い出したのう、この小童……』
レアやセテスといった教団関係者相手は例外として、ベレトが誰かと対話している時は基本的に口出ししてこないソティスがおもわず口を挟むくらいだ。咄嗟に返答に窮してしまったのは自分がおかしいからではないのだと内心安堵したベレトだが、即座にソティスから『現実逃避をするでない』と手厳しく叱責されて我に返った。
繰り返しになるが、リンハルトは研究の場で無駄な質疑応答を好まない。これも単なる猥談ではなく彼の研究に必要なものであるはずだ。内容がやや踏み入った話だということはベレトも理解しているが、こういった話題は男所帯の傭兵団にいれば自然と慣れてしまうし、この程度でいちいち恥じらうほど初心でもない。無為に言い淀んでリンハルトの貴重な研究時間を浪費するよりは、さっさと答えてやりたいのがベレトの本心ではある。だが、問題は伝え方だった。この数節をガルグ=マク大修道院で過ごしたベレトは、慣れ親しんだ傭兵の世界と士官学校に通う生徒たちが過ごす世界があまりにも違い過ぎることを、もう知っている。あのジェラルトですら傭兵団にいた頃とは纏う空気が違うのだ。返答に際して記憶の片隅にある酒盛りの席での猥雑な空気感を参考にすべきでないことは明白だが、ではどう答えるべきかというと模範例が一つも出てこない。セテスに押し付けられた『教師としての心得』なる分厚い書物にだって、このような話題を振られた時の適切な振る舞いについての記載などは一切なかった。
「それは……どういった意図の質問なんだ?」
「ご存知かとは思いますが、紋章は血脈で継がれるものなんです。先生の子供は炎の紋章を持っている、あるいは持っていない可能性がある。どちらの結果でも興味深いことです。もし貴方が傭兵時代に性交渉をした相手が懐妊していた場合、その子供を早急に保護しなければ、紋章学上の大きな損失になるんですよ」
質問に質問で返すのは憚られたものの、ベレトが時間稼ぎに苦し紛れで投げた問いかけには、リンハルトから即座に返答があった。台本を読み上げるがごとく、すらすらと流れるようなリンハルトの語り口は内容はさておき耳に心地良い。
あどけない声で淡々と紡がれた内容を一歩遅れて噛み砕いたベレトは、口に手を当てて視線を床に落とした。
「……懐妊させるようなことはしていないから、自分の子供は存在しない」
「ハンネマン先生を介して騎士団に捜索依頼をする必要はないってことですね。良かったです、正直それはすごく面倒なので。それで話を元に戻すんですけど、先生はどのように性処理を?」
『懐妊云々はこの小童にとっては脱線であったと? 答え損じゃったのう、おぬし』
呆れ半分、嘲り半分の口調でソティスがベレトの内心を代弁する。この世にベレトの子供が存在する可能性が一切ないのなら、それで終わる話ではなかっただろうか。ベレトがなんと答えたものかと立ち尽くしたまま敷かれた絨毯の模様を眺めていると、書き物机用の椅子に座るリンハルトが小首を傾げて上目遣いで覗き込んでくる。
「先生? どうかしましたか?」
「ああ、いや……。確認なんだが、君の言う性処理とは、射精とそれに伴う行為のことで合っているか?」
「はい、合ってますよ。先生って意外と開けっ広げな言い方をするんですね。驚きました」
『涼しい顔してよく言いおるわ。こやつの方がよほどあけすけにものを言うではないか』
ちっとも驚いているようには見えないリンハルトの頭上で、ソティスが処置なしとばかりに首を横に振る。先ほどから的確に代弁してくれるのは良いのだが、会話の途中で割り込まれるとうっかり返事をしそうになるベレトとしては心中穏やかではない。リンハルトに気付かれないようさりげなくソティスに視線を送って制するが、この状況を面白がっているらしい彼女は悪戯顔でそれを無視した。こうなればベレトの方も、ソティスの存在を努めて意識しないよう振る舞うしかない。吐きたくなった溜息をぐっと堪え、ベレトは腹をくくって口を開いた。
「したことがない」
「……一度も?」
「ああ」
「それは……あ、性交渉の経験がないってことですか? 自慰はさすがにありますよね」
「自慰……ああ、自涜のことか。いや、一度もない」
「えーっと……さすがに想定外です」
今度は言葉通りに、リンハルトも軽く目を瞠って驚いている。だが顔には出ないものの、ベレトの方こそリンハルトの反応に内心驚いていた。傭兵団でこの手の話題に巻き込まれ、自身の性事情について洗いざらい吐かされたことは何度かあるが、正直に話したところでまともに取り合ってもらったことなど一度もなかった。下手くそな嘘をつくなと背中を思いっきり叩かれたこともあれば、面白くない冗談を言うなと唾棄されたこともある。そうした反応が返ってくるのは当然だと思える程度に自身が埒外である自覚がベレトにはあり、リンハルトからも同様の反応が返ってくるものだとばかり思っていた。だが、彼はベレトの第一声を訊き返すことすらしなかった。彼をして想定外と言わしめる内容を疑わず、ベレトの言葉を額面通りに受け取ってくれた。それはベレトにとって稀有な体験で、心のどこかに刺さっていた痛みもしない棘が抜けたような気分だった。肝心の話の内容は、とてもそんな清々しいものではないのだが。
「つまり、先生は射精したことがないって理解で合ってます?」
「合っている」
「その歳で精通していない……? あれ、そういえば先生って年齢はいくつなんですか?」
「知らないな。気にしたこともない」
「平民の中には学がなく歳が数えられない人もいると聞きますが、先生もジェラルトさんもそういうわけではないですよね。ジェラルトさんに訊けばわかるのかな。いや、意図して伏せている可能性もあるか……その場合、僕が訊いても教えてもらえるとは……」
口に指を当てて考え込んだリンハルトは、ぶつぶつと独り言をこぼしながら紙束に何やら書きつけている。年齢についてはこれ以上時間を割くべきではないと早々に見切りをつけたらしく、書きつけ終わったリンハルトは顔を上げると、改めてベレトに向き直った。
「えーと、先生が二十歳過ぎと仮定して、五体満足なその歳の男性がまったく射精したことがないというのは珍しいです。なので色々聞きたいことがあるんですけど、内容が内容なんで少々立ち入った質問が多くなっちゃうんですよね。大丈夫ですか?」
『この小童め、こうまで気随な真似をしておいてからに今更それを問うじゃと? いや、母体に神経を置き忘れてきたようなこやつが確認を取るだけ、ましと言えるやも知れぬが……』
ソティスの発言はあまりにも直截だったが、ベレトもまったく同じことを考えていたので思わず頷いてしまった。ソティスが見えておらず、その存在を知る由もないリンハルトはその頷きを了承と取ったのか、椅子から身を乗り出すと文字通りの前のめりでベレトに詰め寄った。
「ありがとうございます。じゃあ早速なんですけど、先生って性欲はあります? 射精以外の性機能についてはどうでしょう、勃起したことは? あ、念のため確認なんですけど、精通しているかしていないかってわかりますかね? えーと、それから……」
「待ってくれ、リンハルト。落ち着いてくれ、ちゃんと答えるから」
『かように鄙俗な問いにも律儀に答えようとはのう。おぬし、愚直にも程があろう』
リンハルトの頭をひじ掛けにして頬杖をついたソティスが、空いた右手をひらひらと振った。眇められた翡翠色の半眼による視線が痛い。そのすぐ下からは好奇心に満ちた目を、昼下がりの湖面のごとく煌めかせたリンハルトの視線が突き刺さる。この話から逃れられないのは仕方がないとしても、せめてソティスがいなければと思わずにはいられない。ベレトの思考は彼女に筒抜けなので即座に眉をしかめられてしまったが、見た目が幼い少女である彼女の前で自身の性事情を赤裸々に話さなければならないベレトに多少の同情があったのか、ソティスは不機嫌そうな顔こそしていたものの何も言わなかった。
「性欲は……たぶん、ないと思う。どういう感覚なのかがわからないから、断言はできないが」
「それなら自覚がないだけの可能性もありますね。ああでも、自慰もしたことがないんでしたっけ。それで困ったこと……たとえば精神的に落ち着かなくなるとか、性器や下腹部に違和感があるとか、そういったことはありましたか?」
「記憶にある限りでは一度もない」
「うーん、聞いた感じ単純な性機能障害ってわけではなさそうなんですよね。これについてはマヌエラ先生の意見も聞きたいところです」
「それはさすがに勘弁してほしい」
本気で嫌そうな顔をして首を振るベレトに、リンハルトは真顔で「残念です」と肩を竦めた。医療の分野は専門外だとぼやきながら、また紙束になにやら書きつけている。先の話題で出た年齢もそうだが、後ほど別途確認すべきことを忘れないようにと書き留めているようだ。自分の与り知らぬところで今日のこの酷い会話内容がマヌエラに共有されるかもしれないと思うと、ぐったりとした気持ちになってくる。医者でもある彼女の知見を求めること自体は咎めないが、くれぐれも自分の名前は出さないでほしいと到底叶いそうにもないことを願いながら、ベレトは紙束に向かうリンハルトを見守った。
机上に視線を向け、忙しなく手を動かしながら、不意にリンハルトが口を開く。
「僕は同年代と比較して性欲が希薄な方ですけど、それでも処理はしますよ。快楽を得るためというよりは、感覚的には排泄に近いですけど」
そこまで言って、リンハルトはハッとしたように顔を上げた。近くで所在なく立つベレトを振り返った彼の目は、丸く見開かれている。
「あの、先生。まさかとは思いますけど、排泄もしないとか……?」
「それはない、厠は利用する。……人と比べたことはないが普通……だと、思う」
「ああ、それは良かったです。正常に身体が代謝しているということですからね。もし排泄もしないとか言われたら、いつも食べてるあの量の食事はどうなっているんだってそっちに気を取られて、研究どころじゃなくなっちゃいますよ」
ベレトの返答に安心したのか口元を軽く綻ばせて、リンハルトは再び机上の紙束に向き直った。冗談なのか本気なのかどうにも図りかねる発言で反応に困る。ついでに言えば、リンハルトの口から本人のごく私的な性事情が語られたことにも戸惑っている。意味深な物言いこそ頻発するものの、リンハルト自体に性愛を想起させる雰囲気は一切ない。それだけに彼の口から語られる言葉は端的でありながら、妙に生々しくベレトの耳に残った。
「……君こそ、自涜に耽るようには見えないが。交合に興味があるとも思えない」
『おぬし、何を惚けたことを言うておるのじゃ。この年頃の男子など、暇さえあれば自身を淫するものじゃろうて』
ベレトがおもわずこぼした言葉には、リンハルトより先にソティスが反応した。彼女は見た目にそぐわず、尊大な態度に相応しい永き生を過ごす存在だということは薄々知っていたつもりだが、それでもそのいとけない声で言及されたくはない類の話だ。にわかに頭痛を覚え始めた気さえして、ベレトは額に手をやって俯いた。そうこうしているうちに書きつけが終わったらしいリンハルトが、俯くベレトを下から覗き込んでくる。
「同性にそう言われたのは初めてですね。確かに他人と同衾するなんてぞっとしませんけど、それ以上に性欲って煩わしいものなんで、自分で処理できない事情があれば適当な相手とだってすると思いますよ。って考えると、他人を介さない自慰って面倒の中でもましな方の面倒なんですねえ。射精後は睡眠の質が向上する気がするので気持ちよく寝るための準備として前向きにすることもありますが、さっきも言った通り僕は基本的に排泄とほぼ同じ感覚です」
「……それはつまり……尿意などと同じく、したくなくてもしないと不都合があるということだろうか」
「一般的にはそう考えられていますね。帝国貴族の家では伝統的に領主は定期的な交合、それが出来ない場合は自慰を求められるんですけど、これは長期間射精せずにいると子種に悪い気が溜まり、子作りに悪影響があるとされているためです。実際、禁欲的な生活を送っていた貴族がいくら胎を変えても子に恵まれず、断絶してしまった例もあります。医学は門外漢なので断言は避けますが、男性の過度な禁欲が不調に繋がるというのは医学的に見るとそれなりの根拠があるみたいですよ」
人体が発する欲求にはすべて理由があるのだと、リンハルトは語る。「ですから」とそこで一度言葉を切って、彼はその柳眉をわずかに寄せた。
「正常に代謝しているはずの先生の身体が欲求を発しない、もしくは先生自身がその欲求に気付けない現状には懸念があるんです」
「君が心配してくれているのはわかるんだが、出ないものを出せと言われても……」
『……のう、ベレトよ。おぬしの陽鉾が兆さぬのは、わしのせいかもしれん』
不安げに眉尻を下げるリンハルトの横で、ソティスが大真面目な思案顔で物々しく口を開いたが、頼むから黙っていてくれというのがベレトの本音だった。いつもは空気を読んでいるのか遠慮をしているのか会話に進んで加わろうとなどしないのに、時間が経つにつれどんどん遠慮がなくなってきている気がする。ソティスは『真面目な話なのじゃぞ』と眉を吊り上げて怒ったそぶりだが、真面目な話だからこそ聞きたくないことだってある。だがベレトに対して常から優位を保っている彼女がそのような嘆願を聞き入れるはずもなく、ソティスはリンハルトの横で腕を組んでふんぞり返り、自身の考えを声高に語り始めた。
『おぬしの心臓が動いておらぬことは気付いておろう。恐らくじゃが、その原因はわしにある。わしも自分の鼓動を感じられぬのじゃ、おぬしと同様にな。これがただの偶然で片付くこととは思わぬ。わしとおぬしは身体の作りこそ大きく異なるが、どこかで奇妙に繋がり、重なりあっておるのじゃろう』
それは確かにそうなのだろうと、ベレトはソティスの言葉に心の中で頷く。ベレトの同調を受けて勢いづいたらしいソティスは『うむ』と鷹揚に頷き返すと、得意げに指を一本立ててみせた。
『この服は不思議と脱げぬゆえ確かめようもないのじゃが、わしの身体にはおぬしのような陽鉾はない……はずじゃ。仮にあったとしても、機能しておらんのじゃろう。わしはおぬしの陽鉾が、鼓動を刻まぬ心臓と同じと考えておる。それにしても、儘ならぬものよのう……。服さえなければ一目で判然とするであろうに。あるいは、おぬしがわしに触れられればのう。それならば、ちとこの服をたくし上げて確認すれば済む話じゃ』
たとえ触れることが可能だったとしても、迂闊に触れようとは思わないし、ましてや彼女の服に手をかけるなどあり得ない。変な想像をするのはやめてほしい、頼むから。
心の底からそう強く念じつつ、ベレトは頭を振ってソティスの声を振り切った。それは心の中だけでなく実際の行動に出てしまったため、目の前のリンハルトは不安げな表情をさらに色濃くして、労わるようにおずおずと手を伸ばしてくる。
「あの、先生。身体に悪影響があると決まったわけではありませんから。自覚症状は何もないわけですよね? まあ自覚できない軽微でありふれた諸症状に重篤な疾患が隠されているのはよくあることですけど……じゃなくて、問題がないことを証明するためにも、一つ一つ検査していきましょう。僕も片手間で協力しますから。ね?」
「あ、ああ。いや、大丈夫だ。すまない」
疲弊した頭にリンハルトの不器用極まりない慰めがじんわりと沁みて、ベレトはなんとか気を取り直した。相も変わらずリンハルトの横を陣取るソティスを努めて意識の外へと追いやろうと、彼の顔をじっと見つめる。窺うようにベレトを見つめ返すリンハルトは、ふっとその表情を緩めたかと思うと、その視線をベレトの方に向けたまま、やや下へと落とした。
「それで先生、勃起はしますか? ちょっと見せてもらっていいですか?」
「いいわけがないだろう」
慰めのために伸ばした手でそのままベレトの下履きをずり下ろそうとするリンハルトから、ベレトは物凄い勢いで距離を取った。入口付近に置かれた書き物机の傍から、部屋の奥側に鎮座する寝台の傍まで後ずさる。リンハルトはきょとんとして、丸く見開いた目をぱちぱちと数度瞬かせた。
「えっ、どうしてです?」
「厠で出すものは人前では晒さないようにと、小さい頃にジェラルトから教わった」
『おぬし、身体機能の異常さに反して諸々の感覚がいやに凡庸で人並みじゃとは思っておったが……。ジェラルトは顔に似合わず、子の教育が巧みだったようじゃの。上手いこと言いおるわ』
リンハルトに視線を向ければ、その傍にいるソティスが嫌でも目に入る。リンハルトは拒否するベレトを不思議そうに見てくるし、ソティスは楽しげに笑っている。二対一ではおかしいのは自分の方なのかと、疑う気持ちが出てきてしまうのは仕方がないことだ。いかなる場面であっても、数の暴力は侮れない。
唇に手を当ててなにやら考え込んでいたリンハルトは、ふいに椅子から立ち上がると迷いのない足取りでベレトの方へと向かってきた。さして広くもない室内で、あっという間に距離が詰められる。これ以上後ずさりをしようにも、寝台に阻まれてかなわない。内心の焦りを億尾にも出さずに、ベレトは至近距離から同じ高さの視線を向けてくるリンハルトをまっすぐに見返した。あどけないその顔に柔和な笑みが浮かべられると、彼は無垢な子供の印象を強くする。つい数秒前にあけすけな物言いで教師の股座を目視確認しようとしていた張本人であることを忘れてしまいそうなくらいだ。
「じゃあ、触ってもいいですか? 服の上からで構わないので」
「……それくらい、なら……?」
いいのだろうか。よくない気がする。この半刻にも満たないやりとりでベレトの脳は完全に疲弊しており、既に正常な判断が出来ない状態にあった。相手に悪意や害意が一片でもあったのならベレトは平常心を保てただろうが、肝心の相手がリンハルトでは碌に応戦の構えも取れやしない。戦場で灰色の悪魔とまで呼ばれたとは思えない自分の体たらくさに、随分とこの士官学校の空気に絆されてしまったものだとベレトは思った。
『騙されておらぬか、おぬし』
空いた書き物机の椅子を陣取ったソティスが呆れたように言う声は、嬉々としてベレトを寝台に座らせようとするリンハルトの背中にぶつかって届くことはなかった。ベレトが言われるがまま寝台の縁に腰を下ろした途端、すかさず伸びてきた手が股座をまさぐる。リンハルトは緩く開いたベレトの足の間で膝をつき、ごく真剣な視線を自分の手元へと向けていた。
「なにか感じますか?」
「撫でられている感覚はわかる」
「神経は通っているみたいですね。でも、うーん……服の上からじゃこれ以上はどうにも……。先生、そもそも勃起ってなにかわかります?」
「それくらいはわかる」
「拗ねないでくださいよ。だって貴方、自分の年齢も知らないって言う人じゃないですか。知識の範囲が僕とは違うから念のために確認しただけで、馬鹿にしているわけじゃないですからね?」
やや憮然としたベレトの返答を受けて、リンハルトは肩を竦めた。彼らしくもない擁護をさせてしまったが、ベレトは別に拗ねているわけではない。単純に、先ほどの致命的な選択ミスを激しく後悔しているだけだ。どう気が狂えば見るのは駄目だが触るのは良いなどという結論が飛び出すのか、自分で自分が信じられない。時を巻き戻すソティスの力には二度と頼らないと誓ったことを、今回限りで撤回したい気分だった。
そんなベレトの心情など知る由もないリンハルトは、小首を傾げながら一向に反応を見せない股座を撫でさすっている。
「それで結局、先生って勃起するんですか?」
「ここまでやればわかるだろう。したことがない」
「そうですか、それなら勃起不全に伴う射精障害って可能性もありますね。まあ貴方のことですから、医学で説明できない可能性の方が高そうですけど。そういえば、ジェラルトさんはこの事をご存知なんですか? 心配されたりしません?」
「ジェラルトには何でも相談してきたから、自分以上に自分の身体のことを把握している。だから知っているとは思うが、特になにか言われたことはない。息子の身体が若干おかしいことに、ジェラルトは慣れているんだろう」
「ええ……はあ。……まあ、親子の形はそれぞれでいいと思いますけど……慣れているって、他にも目立った異常があるんですか?」
「いや、そんなにはない。心臓が動いていない、くらいか」
「……え?」
リンハルトは撫でさする両手をぴたりと止めて、ベレトを見上げた。その視線にベレトが応じた次の瞬間、胸に突き飛ばされるような衝撃が走った。リンハルトがほとんど頭突きするような勢いで、ベレトの胸に耳を当ててきたからだ。鎖帷子などの着込みはいつも通りだが、ちょうど鎧だけは外してある。鼓動と耳が双方正常であれば、微かに聞き取れはするだろう。
自分の胸に縋るリンハルトを見下ろして、ベレトはふうと息を吐いた。固唾を呑んで耳をそばだてるリンハルトの目が、見る見るうちに驚愕に見開かれていく。
「……本当に、鼓動が聞こえない……」
「生まれた時からこうだったらしい。赤子の頃から泣きも笑いもしなかったと、酒の席でよく言われた」
「あのですね……これ、今までの研究の記録を全部白紙にしてやり直さなきゃいけないくらいの新事実ですからね? ああもう、まいったなあ……。先生のこと、結構わかったような気がしてきてたのに」
ベレトの胸に耳を当てたまま、リンハルトは溜息をついた。くったりと脱力した身体が重みを増して、ベレトの胸やら足の上やらに圧し掛かってくる。半分膝の上に抱き上げるような形になってしまった教え子の肩を左手で支え、ベレトは小さく首を傾げて尋ねた。
「嫌になったか?」
「まさか。思ったよりもずっとずっと不思議な先生に、僕の心臓は早鐘を打ってばかりですよ。貴方に鼓動を分けられるくらいにね」
吐息に笑い声を織り交ぜて、リンハルトは空いたベレトの右手を取った。いつもしている篭手や手袋は外しているため、滑らかな白い指先の感触が直に伝わってくる。両手を使い、壊れ物を扱うような仕草で手首の脈を確かめたリンハルトは、そのままベレトの首筋に顔を寄せた。目を閉じたリンハルトの瞼が、服越しにちょうど頸部の動脈に触れているのがベレトにもわかった。
「……脈は正常。不思議だなあ。通常、心臓の拍動と脈拍は連動しているはずなんですよ。どういうことなんだろう……」
目を閉じているからだろうか、リンハルトの声が途端に微睡みを帯びて聞こえる。肩口に寄り掛かる彼の重みも、また増した気がした。脈を感じながら目を閉じたことで、彼の眠気を誘発してしまったのかもしれない。ベレトも幼い頃はジェラルトの心臓の鼓動を聞きながら眠ったことが何度もあった。
『こうして大人しくしておれば、こやつも小童らしい可愛げがあるのじゃがのう』
いつの間にか寝台の傍の定位置に移動していたソティスが、ベレトが抱えるリンハルトを眺めて目を細める。言葉とは裏腹に、その声音はどこか柔らかだ。彼女は修道院内で所かまわず寝落ちているリンハルトを見つける度に『あの小童、今日はあんなところで寝ておるわ』とベレトに耳打ちしてくるので、もしかしたら人の寝顔を見るのが好きなのかもしれない。
「こらリンハルト、こんなところで寝るんじゃない」
上背こそわずかにベレトを越えるリンハルトだが、体格はベレトより遥かに華奢だ。片手で支えるのも苦ではない。だがこのまま寝入ってしまわれるのはさすがに困るので、軽く肩を揺さぶってみる。ゆっくりと目を開けたリンハルトは、どこかぼんやりとした視線を下に落とすと、両手で掴んだままのベレトの右手をじっと見つめた。
「……そういえば、先生が負傷しているのを見たことがないんですけど、血は通ってますよね……?」
本気で寝かけていたのだろう、リンハルトの声は視線と同じくぼんやりと寝ぼけている。ついでに思考も寝ぼけているのだろうか、さすがのベレトもこれまでの物騒な課題出撃の数々で無数のかすり傷を負っているのだが、リンハルトは覚えていないらしい。ただ、血が嫌いなリンハルトには極力傷口を見せないようにしていたので、もしかしたら彼の言う通り本当に見たことがない可能性もある。
「ああ。怪我をすれば出血するから、血は通っていると思う。血ならすぐにでもどこかを切って見せられるが……君は嫌がるだろうな」
「そうですね、見せなくていいです……。それに、血が通っているかどうかってだけなら、皮膚を切らなくても確かめられますよ」
「どうやって?」
「内出血させるんですよ。抓ったり殴ったりでもいいですけど、痛いのは僕、好きじゃないので……あ、そうだ」
リンハルトがそう言って、ベレトの右腕を持ち上げる。袖をまくり上げていくリンハルトの緩慢な手つきを、ベレトは大人しく見守った。肘まで露わになった腕はやはり緩慢な動作で引き寄せられ、そのまま皮膚の薄い前腕の内側にそっと口が付けられる。
一瞬強く肌を吸われたが、音も痛みもなかった。口を離したリンハルトはついでのようにあくびをして、眠たげな目を自分が付けた痕に向ける。ほんのりと赤くなった皮膚を撫で、彼はどこか嬉しげに口元を綻ばせた。
「うん、思ったとおり内出血したので、少なくとも腕には血が通ってますね。痛くなかったですか?」
「痛くはないが……何をしている?」
「何って、吸ったんですよ。以前、傷口から毒を吸い出す演習をした時に、強く吸い過ぎて患部に痣を作った例を見たことがありまして。加減すれば軽く内出血させられるかなと思ったんですけど、上手くいって良かったです」
「君は血が苦手だが、内出血は平気なのか?」
「平気と言い切れるほどではありませんけど……まあ血の臭いとかどろっとした感じとかがダメなんで、血そのものよりは遥かにましです」
「そうか。それなら良かった」
呟くように言って一つ頷くと、ベレトはおもむろにリンハルトの詰襟を押し下げ、露わになった首筋に噛みつくように口付けた。突然のことで驚いたのか、ベレトの腕の中でリンハルトの身体がびくりと跳ねる。それを片手で無理やり抑え込み、触れた肌を強く吸い上げれば、天井を仰いだリンハルトの喉から引き攣れた細い悲鳴が上がった。
口を離せば、リンハルトがベレトの腕につけたものよりもずっと濃く赤黒い痕がそこにあるだろう。だがベレトは首筋に軽く歯を当てたまま、その口を離そうとはしなかった。
「この『検査方法』だが、用途は違うが自分にも見覚えがある。交合の際に相手の肌を吸い、痕を残して独占欲や所有欲を満たす者がいるそうだ。知っていたか、リンハルト?」
「……ずいぶん、お詳しいですけど……っ性交渉の、経験はないって」
「自涜については返答したが、そちらについては何も言っていない。……その様子だと、君は本当に知らなかったんだな。子供を作るにあたっては不要な行為だ、貴族が習うやり方としては確かにそぐわないか」
掛かる吐息が気になるのか、ベレトが言葉を発する度にリンハルトは息を詰めて身じろいでいる。さすがに可哀想に思えてきて、ベレトはようやく彼の首から口を離した。視界の隅からは、ソティスの咎めるような視線が飛んできている。
「君の応用力や発想は素晴らしいと思うが、これは娯楽として交合する者たちの間では房事の一種と見なされる。他の者には検査目的でも軽々しくしない方がいい。痕一つじゃ済まないような、恐ろしい目に遭いたくはないだろう?」
思ったよりもずっと色濃く残ってしまった首筋の痕に触れて、ベレトは努めて穏やかに忠告した。ソティスがやれやれと言わんばかりに首を振り、肩を竦める。
『おぬしも底意地が悪いのう。まあこやつは言っても聞かんじゃろうから、身体に叩き込むのが一様に悪いとは言わぬが……』
ソティスに言われるまでもなく、やりすぎてしまった自覚はある。俯いたまま黙りこくってしまったリンハルトからそっと離れようとしたベレトだが、服をしっかと掴んで放そうとしないリンハルトの手に阻まれた。
「……本当に、不思議な人ですね。貴方は」
場違いに弾んだ声は、聞き違えようもなくリンハルトのものだった。彼はベレトから逃げるどころか、全身を擲つようにしてしな垂れかかってくる。互いの息遣いを肌で感じる距離で見るリンハルトの目はいつものように好奇心で煌めいていたが、その中にうっすらと、生ぬるい情欲が滲んでいた。
「先生って、これが『わるいこと』だって、ちゃんとわかってますよね。貴方は性欲がないし、恐らく性的なことに一切興味がない。だけど人間の性衝動について、客観的な視点や知識を持っている。理解出来ないなりに、知っている。貴方が本当に無知で無垢な赤子のようなら、陰茎が愛撫によって屹立することなど知らないはずです。触れられながら、勃起するのかと問われた時に「ここまでやればわかるだろう」という言葉は、出てこない」
自身の研究結果を報告する時とまったく同じ口ぶりで、リンハルトは滔々と語る。吐息交じりの楽しげな笑い声がベレトの耳元をくすぐった。首の後ろに手を回され、完全に膝の上へと乗り上げられる。柔らかな抱擁のようでその実、リンハルトはベレトを決して逃がす気はないのだということは、彼から向けられる蕩けた視線を受ければ、嫌でもわかった。
「ねえ、先生。僕は先生が知ってることと知らないこと、できることとできないことを、この際全部はっきりさせたいんですよ。……いいですよね?」
反射的にベレトはソティスの方に視線を向けたが、彼女の姿は既に部屋のどこにもなかった。部屋を出て外に行ったのか、それともあの玉座の間に引っ込んだのか。見ておれんと呆れたのか、二人で楽しめと気を利かせたのか。どちらにせよ真意の程はわからないが、彼女は最後の最後になってようやく空気を読むことにしたようだ。
ベレトは溜息をつくと、リンハルトの腰を抱き寄せた。
「悪い子だな」
「そりゃあ、悪い先生の生徒ですからね」
どこか得意げにそう言って、リンハルトが目を伏せる。たとえその腕に捕らわれていなくても、ゆっくりと距離を詰めてくる彼から今更逃げようなどとは思わなかった。
