コールドスリープ状態のforリンクさんを持ち帰って愛でてるピットが見たかったはずなのに、前置きが長すぎて肝心なところまで行けなかった小話。
第四回目の大乱闘の最終日はこれまでと違って特別な催しもなく、いたって穏やかであった。今大会最後の試合を終え、ピットはステージを出るとぐっと大きく身体を伸ばした。最後だからというわけではないが、良い試合が出来たおかげで充実感に満ちている。
すぐ近くからパチパチと拍手の音が聞こえた。ピットが目をやれば、観客席に繋がる通路から見知った顔が近付いてきている。
「おめでとう。いい闘いだったな」
「リンク! 見ててくれたんだ?」
ピットの健闘に惜しみない拍手を送るのは、いつもの戦闘服に身を包んだリンクだった。彼も二つ前の試合に出ていたはずだが、終わってからすぐにピットの試合を見に来ていたようだ。
「ホントはキミと闘いたかったんだけどなあ、最後の試合」
「オレもだよ」
冗談じみた口調に確かな本音を織り交ぜてピットが言えば、どこか淋しげに笑ってリンクは肩をすくめた。まさかそんな言葉が返ってくるとは思わず、驚いたピットが目を見開く。
「自分で言い出しておいてその顔はなんだよ。オレたちは『幼なじみでライバル』なんだろ?」
「え、だってそれリンクはずっと「意味がわからん」って否定してたのに!」
「身に覚えはないけどお前があんまりしつこいから絆されてたな、だいぶ前から」
天界目線でリンクと自分は同い年で同郷の幼なじみだと主張するピットの発言は、大方のファイターからは天使特有の妄言だと流されていたし、リンク本人にも若干眉をしかめられていた。それを気にするほど繊細ではないピットは構わず言い続けていたのだが、知らない内に押し切ってしまっていたらしい。妄言は言い得ということだろうか。それにしたってリンクは押しに弱すぎると改めて思う。いつかアヤシイ壺やら絵画やらを押し売りされやしないかと、余計な心配でピットの頭の中が埋まる。
ピットの若干失礼な心配を知ってか知らずか、リンクは苦笑いをしながらふと視線を地面に落とした。どこか気まずそうにピットから目を逸らし、口元に形ばかりの笑みを浮かべている。
「……まあ、だからさ。お前にはちゃんと、言っておこうと思って」
「? なにを?」
「最後だから、別れの挨拶を」
あまりにもリンクの態度が神妙だったのでさすがのピットも身構えたのだが、思ったより他愛のない用件だ。内心ホッとしたピットが、翼をパタパタさせながら明るい声を上げる。
「なんだ、そんなこと? 大丈夫だよ、次が絶対あるってば」
「いや、オレはここまでだ」
言葉尻を遮ったリンクの固い声に、ピットの表情も固まった。リンクは落としていた視線をピットに向け、意を決したように先を続ける。
「……次の大会があったとしても出られない。理由は言えない。オレにとっては本当に、今日が最後だ」
一節ごとに噛み締めるようにゆっくりと、しかし強い口調で言い切ったリンクの声が、ピットの脳裏で反響する。リンクが「本当はこのことも言っちゃいけないんだけどな」と守秘義務違反を告白しているが、まるで頭に入ってこない。
これまでにも新しい大会で不参加となったファイターはいた。ピットが直接面識のあるファイターに絞れば、今大会ではウルフにスネーク、それからポケモントレーナーの3名が該当する。だが彼らとリンクで決定的に違うのは、その存在の寄す処だ。
マスターハンドがハイラルに点在する数多の勇者たちの情報を編纂し、ファイターとして編み上げられたのがリンクである。彼はハイラルをルーツとしていながらこの世界を原初とする存在で、『元の世界』から存在そのものをコピーしてきているウルフたちとは成り立ちが異なる。ウルフはライラット星系周辺、スネークは地球と彼らには帰る場所があるが、この世界で生まれたリンクが帰る場所はここなのだ。
大乱闘のために生まれたともいえる彼が、マリオたちと並んで名実ともに大会の顔役であった彼が、もう出られない。それは他のファイターの『一回休み』とは、まるで事情が変わってくる。
ピットが無言で思考を巡らせる間にも、リンクは気まずさを隠すように軽い口調で何事かを連ねていた。その一切を無視して、ピットは尋ねる。
「キミはどうなる?」
その問い掛けはリンクの中でも当然想定していたのだろう。彼は一度口を噤み、薄く笑うと困ったように眉を下げた。笑顔を浮かべかけて、途中で思い直したかのような、曖昧な表情だった。
「……後のことはマスターハンドに任せてる」
リンクが小さな声で呟いたのを聞くなり、彼とは正反対にピットの眉は吊り上がった。掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ったピットが、いつになく険しい目でリンクを睨む。
そのまま勢い任せに口を開きかけたピットを、困り顔でリンクが制した。
「お前が言いたいことはわかる。でもこれは決定事項だ、覆らない。オレもあいつも納得してるし、処理はもう大方済んでる」
「処理?! 処理って言った?!」
「ああ悪い、オレの言い方がマズかった。別に酷いことはされてない。何かを強制されてたら、お前と今話せてないしな」
「そうじゃなくて! ……もう出ないって、キミにとって、それって」
「実質死ぬようなもんだけど、大丈夫だよ」
「ボクは納得してないし大丈夫じゃない!」
至近距離で遠慮もなく、ピットが大声を上げた。背の翼も威嚇するように音を立てて広げられる。リンクは目をまんまるに見開いて、驚いた顔でそれを見ていた。
そのことがピットには腹立たしい。突然こんなことを告げられて、平静でいられるとでも思ったのだろうか。その程度の情しかないと、そう思われていたのだろうか。
そうではないと、ピットだってわかっている。リンクが本当にピットを軽んじていたのなら、そもそもこんな話にはなっていない。先の会話で言い淀んだピットから「死」という単語を引き取ったのだって、リンクの優しさなのだと思う。ピット以上に彼だって、口にしたくはなかっただろうに。
だからこそ、笑ってほしくなかった。怒って、悔やんで、まだ生きたいと言ってくれたら、マスターハンドへの直談判でもなんでもするのに、リンクはそれを望んでくれない。拳を固く握りしめ、遂にピットは俯いてしまった。リンクにとってこれはただの報告で、自分はそれをただ聞くことしか出来ないのだと、思い知らされたからだ。
「……処理って、どういうこと?」
俯いたまま、ピットは声を絞り出す。目の前のリンクから戸惑う気配を感じたが、沈黙はそう長くは続かなかった。
「詳しくはオレも知らない。……世界のシャットダウンと同時に、オレもそうなるって聞いてる。オレのデータはもうマスターハンドのところにあるらしいから、今のオレは幽霊みたいなものなのかもな」
「ふぅん、そっか」
無感動に言い放ち、ピットは顔を上げた。じっとリンクの顔を見る。さすが勇者というべきか、何かを感じ取ったらしいリンクが半歩後ずさったが、ピットが踏み出した大きな一歩が彼を逃がしはしなかった。
「ピット、お前なにを……!」
悲鳴のような声を上げるリンクに構わず、ピットはその身体にしがみついた。腕を背後で拘束し、暴れるリンクを強引に担ぎ上げる。リンクの全力の抵抗は、大乱闘用のリミッターを外した天使の本気の腕力で抑え込んだ。
拘束したリンクを抱え、ピットは顔を上げると天井の向こう側に向かって叫ぶ。
「パルテナさま! 回収をお願いします!」
「は?! おいピット、やめろ!!」
頭の月桂樹を通じてパルテナと交信するピットには、リンクの制止など聞こえてすらいない。何しろピットの要請に対して、パルテナの第一声は難色を示すものだったのだ。
当たり前といえば当たり前だ。治める世界が違うとはいえ、パルテナもマスターハンドも同じく神と呼ばれる存在である。異なる世界に干渉しないのは神々の不文律であり、パルテナはこれを遵守する模範的な女神である。リンクを抱えたピットをパルテナが回収してしまうと、その不文律を破ることになりかねない。
パルテナからしてみれば、リンクはマスターハンドのモノなのだ。勝手に持ち帰ってしまっては、誘拐や窃盗として問題になりかねない。いかに可愛い部下の頼みとはいえ、二つ返事とはいかないのも当然だった。
「パルテナさま、一生のお願いです! なんでも言うこと聞きますから!」
渋るパルテナに、ピットは懇願する。そもそもパルテナの武器であり盾であり道具であると自認するピットが彼女の言うことを聞くのは当たり前だ。交渉材料になるとは思っていない。それでもかの女神に対して差し出せるものなど、ピットには己の他にないのだから仕方なかった。
担いだリンクが叫ぶ制止をBGMにパルテナと押し問答をしていると、その通信にピットにとっては聞き慣れた声が割り込んだ。
『なにやら面白そうなことをしておるのう』
「なっ?! ナチュレ!?」
『ほほう、かの勇者さまを拐かそうとは。相変わらず剛毅なことじゃのう、ピットよ』
月桂樹を介しているためピットだけに聞こえるパルテナの声とは違い、ナチュレの声はリンクにも届いているようだ。はっきりと自分の現状について言及された衝撃のためか、リンクの身体は硬直している。抵抗が止んだその隙に素早くその身体を抱え直し、ピットは姿の見えないナチュレに向かって声を上げた。
「おいナチュレ、ボクの邪魔をするなら容赦しないぞ!」
『なーにが邪魔じゃ、痴れ者めが。早とちりをするでない。わらわはそなたを助けにきてやったのじゃぞ?』
「え?」
『パルテナが聞けぬというなら、わらわが回収してやろう。――転送!』
鋭い声が響くと同時にピットの身体が光に包まれ、足先がふわりと浮いて地面を離れた。次の瞬間、爆発するように膨張した光の中に、抱えたリンクごとピットが飲み込まれる。余韻も残さずにその光は突如消え失せ、同時にこの世界から二人の存在も掻き消えた。
『転送先は本物のエンジェランドじゃ。この自然王の慈悲にせいぜい感謝するがよい』
『ナチュレ……なんてことをしてくれたのですか』
誰もいなくなったステージ脇の暗い通路に、二人分の女性の声だけが響く。得意げなナチュレを嗜めるのは、もちろん女神パルテナである。
『下手したらマスターハンドとの外交問題になりますよ』
『ふん。あの手袋がわらわと正対する性質なのは知っておろう。自然軍はそなたらの巻き添えを食ってこの茶番に付き合わせられておるのじゃ。この程度のささやかな意趣返しは容認されるべきじゃろう』
『我々とマスターハンド、双方に対する意趣返しですか。さすが自然軍らしい陰湿さ、お見事です』
『被害者ぶって煙に巻こうとするでないわ。ピットの要望を聞いてやりたかったのがそなたの本心なのはバレバレじゃ。サルどもの守護者など気取っておるから、可愛い臣下の懇願に頷けぬ醜態を晒す羽目になるのじゃぞ』
『まあ。やらかしても「自然とはそういうもの」で片付けられる自然王様のリスクヘッジは大変勉強になりますね』
『抜かしおるわ。あの二人が手に余るようなら、わらわに手をついて請うのじゃな。ピットは我が軍の幹部であるブラピの縁者じゃ。その誼で引き取ってやらんこともないぞ』
『わたしには不要なサービスですね。利用することはなさそうです』
『なら話はここまでじゃな。ではの、パルテナ。せいぜいあの手袋との交渉に手を焼くとよいわ』
愛らしい声で邪悪に笑いながら、ナチュレの気配が遠のいていく。続いてパルテナも無言のまま、この場への交信を断ち切った。
そうして後に残ったのは誰もいない、静けさが満ちる薄暗い通路だけだった。
