ぴとりん


自分(1)「ピットは絶対泣かないって思ってるんですけど、昔書いたもので泣いてたり今描いたもので泣いてたりするので解釈違いです」
自分(2)「いやでも絶対泣きそうにない天使なんて泣かせるのが筋じゃないですか」

最近脳内でこの2つの嗜好がよくぶん殴りあってる。仲良くして。

■リンクの家にごはんを食べに来たピットがお酒を飲んでおかしくなる話

 神や天使にとって、酒は水。アルコールに冒されることがないエンジェランドの住人は、決して酩酊することはない。
 ……という話は一体なんだったのだろうか。
 目の前でポロポロと涙をこぼし始めたピットを見つめ、リンクは元凶とおぼしき酒瓶を手にしたまま固まった。

 この酒瓶はずいぶん前に、トゥーンリンクから貰ったものだ。ラベルにはハイラル文字によく似た言語で『神殺しの酒』と書かれており、中身はラベル通りのアルコールだという。トゥーンリンク曰く戦利品の一つだそうだが、まだ十二歳の彼は当然酒など飲めない。自分が持っていても宝の持ち腐れだと言って、酒瓶はたまたま近くにいたリンクに体よく押し付けられたのだ。
 アルコールに対する興味が希薄なリンクは当然一人酒を嗜むようなこともなく、その酒瓶は長いこと部屋のインテリアと化していた。そこでこの機に食後酒として消費してしまおうと思い立ったのは、ピットがすこぶるアルコールに強いと噂に聞いていたからだ。もちろん、栓を開ける前にリンクは本人にも確認している。ピットによれば、エンジェランドに住まう神や仕える天使にとって、酒と水は同じもの。アルコールの含有率など、人にとっての硬水か軟水か、硬度がどれくらいか程度の問題でしかない、とのことだった。
「……神殺し、って書いてあるけど」
「故事や民話由来のよくある命名じゃない? それにボク、神じゃないしさ」
「俺には違いがわからない」
「ぜんっぜん違うよ! ドラゴンとトカゲくらい違うからね!?」
 確かにオルドラとヒケシトカゲは違うな、などと他所事を考えながらリンクは栓を開けた。
 ピットの言う通り、この御大層な名前は地方の名産品にありがちな命名だと思ったし、念のためと味見したリンクの舌にはごく普通の蒸留酒としか感じなかった。天使にとって酒は水だと言うなら、この機に処理をしてもらおう程度の腹積もりだった。
 まさかこれがその名前通りの効能を秘めた酒だなんて、リンクもピットも思いも寄らなかったのだ。

「……ピット、」
「リンクに会いたい」

 頬を真っ赤に染めて静かに涙を流しながら、ピットはまっすぐにリンクの目を見て訴える。どう見ても酔っているがその言葉は鮮明で、酩酊が吐き出させた世迷言の類ではないことは明白だった。
 ピットが言う『リンク』は、先代のリンクを指している。マスターハンドのもとでただのデータとして在り続けるはずだった彼は、紆余曲折を経て今代のリンクの中で眠りについた。それは二人のリンクと、それからピットが望んだことだ。先代のリンクを人として眠らせてあげたいと、誰より願っていたのがピットだった。

「さみしい。パルテナさまもブラピも、キミだっているのに、さみしい。もっとずっと一緒にいられると思ってた。なんでボクに何も言わずにいなくなったんだ」

 ピットはそう呟いて、苦しげな嗚咽と共に背を丸め、むずがるように首を振る。その仕草が駄々をこねているというよりも、たった今吐き出した自分の発言を否定しているようだと思ったのは勘違いではなかったらしい。すぐに「違う」とピットの声が続く。
「違う、なんで? ボクはちゃんと見送れたから、それでいいって本当に、そう、思って……」
「ピット、落ち着いて」
 酒瓶を手の届かないところに置いて、リンクはピットにそっと近づくとその背を撫でようと手を伸ばした。その手を強い力で掴まれたと思った次の瞬間、それ以上に強い力がリンクの全身を締め上げる。体当たりするように抱きついてきたピットはリンクの胸に顔をうずめ、子供のように泣きじゃくった。

「お別れくらいちゃんとしたかった。なのに、なにも言ってくれなかった。トモダチでも幼なじみでもダメだった。レンアイ的な関係なら、言ってくれた?」
 抱きついてくるピットの身体はいつもより熱く感じたが、服に染みていく涙はそれよりも熱い。嘆くピットの声をただ聞きながら、リンクは心の中で「言わなかったと思うよ」と答える。言葉にしてしまえるほど、非情にはなれなかった。

 先代のリンクは決してピットを軽んじていたわけではないはずだ。現に彼は、誰にも何も告げずに消えた。親しい友人であるマルスやロイ、家族のように懐いていたフォックス、いくらでも内緒話が出来るピカチュウだって、彼から何も聞いていない。ピットだって、本当は理解しているはずだ。たとえば彼に心も身体も結ばれた恋人のような存在がいたとしても、静かに一人消えゆく決意はおそらく変わらなかっただろう。

「……リンクが最期にボクのことを思い出してくれるなら、ボクはなんだってあげたのに」

 それでも納得が出来ないから、ピットはこうして嘆いている。酩酊が枷を外したから、堪えていた本音が零れ落ちている。
 これは聞いてもいいものだろうか、と悩んでいると、リンクの身体がふいに押された。のしかかってくるピットに少し驚いたものの抵抗する気にはなれず、そのまま床へと押し倒される。上から雨のように降り注ぐ天使の涙からは、あの神殺しの酒と同じほのかに甘い香りがした。

 神殺し。
 その言葉の正体が、リンクにはなんとなく見当がついていた。
 ピットは自分を神ではないと言うが、神の僕である天使も神と同じ神性をまとっている。神の武器であり盾である天使という道具を、天の使いたらしめているのが神性だ。神殺しの酒の効能とは、その神性を打ち消すのではないだろうか。
 ピットは先代のリンクのことを、納得の上でリンクの中へと送り出した。あれは決して演技でも強がりでもなかったはずだ。だがピットがそうすることが出来たのは、人ではない天使といういきものだったからなのかもしれない。
 神や天使と比べて人間は脆い。以前にピットからリンクが聞いた言葉だ。これが肉体や能力だけでなく、精神にも適用されるのだとしたら。

「痛い、くるしい。どうして、こんな、急に」

 リンクの仮説を裏付けるように、ピットが声を絞り出す。
 かわいそうに、と思った。神や天使の神性を剥ぎ取り、人に堕とす。彼らにとっては死よりもよほど屈辱かもしれない。知らなかったとはいえ、そんなものを飲ませてしまったことを、少しだけ申し訳なく思った。

「……リンク、さみしい。おかしいんだ」

 リンクの目を覗き込んで、ピットが呟く。彼が口にする名前がどちらのリンクを指しているのか、わからなかったのは初めてだった。少しだけざわつく胸に表情を強張らせるリンクに、ピットがゆっくりと顔を近づけてくる。苦しげに息を吐くその口元を手で押し返しながら、リンクは小さく首を振った。
「……人違いだよ、ピット」
「まちがえてないよ」
「代替品で妥協する?」
「ボクはキミのこと、ちゃんと好きだよ」
 会話が成り立っているのか成り立っていないのか、酔っていないリンクにすらわからない。ただピットの顔は苦痛に歪んでいて、とてもその言葉を信じてやることは出来なかった。

 ピットがこうして縋るのは、人間が酔い覚ましに水を求めるのと同じことだと、リンクは結論づけていた。
 神殺しの酒に引きはがされた神性を補填するために、リンクが薄く纏っているハイリアの神性を求めている。この場にパルテナやブラックピットがいたとしたら、ピットはそちらに縋っただろう。より真っ当で強い神性の方が都合が良いのは当然のことだ。
 神など信じていない自分が持つ神性など、スズメの涙ほどもない。だからこそピットの酔いを醒ますなら、全てを明け渡すくらいしなくてはならないのかもしれない。
 リンクはそっと息を吐くと、ピットを押し留めていた手を下ろした。

「飲ませたのは俺だし、責任は取るよ。……君の好きにすればいい」

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