繋がる宇宙に気付かずに

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 リンクがマルスを憎からず想っていることに気付いたのはいつだったか、フォックスは覚えていない。そもそもリンクは第二回の大会で初めてマルスに会った時から、どちらかと言えば人見知りだったのが嘘のように懐いていた。同じ得物を持つ近しい年齢の存在を切望していたリンクにとって、マルスはようやく現れた待ち人だったのだろう。
 マルスの横顔を見つめるリンクの目は、いつのまにか友情とは違う熱っぽさを孕むようになっていた。当の本人と目を合わせている時は大抵の場合ニコニコと上機嫌に細められているためか、マルスは気付いていないようだ。一方リンクの方はというと、マルスに気付かれないよう意識しているのが明白で、恐らく自分の気持ちに自覚的なのも窺えた。
 この手の機微に疎く、仲間から鈍感だのなんだのと散々な言われようの自分でも気付くくらいだ。リンクはずいぶんとわかりやすいんだなと微笑ましく思いながら、フォックスは二人を見守るようになった。傍目に見る彼らの関係は安定して良好で、ロイも交えて三人でいる時などは本当に楽しげだ。最初期のいつもどこか所在なさげに視線を彷徨わせていたリンクを知るフォックスとしては、ようやく彼もこの世界で居場所や仲間を得たのだと、密かに安堵したものだ。

 だが第三回目の大会が始まり、リンクの容姿が再編成されたことをきっかけに彼らの関係は均衡を失ってしまった。ロイの不在が重なったことも大きく、大会が始まってしばらく経つと言うのに、フォックスはマルスとリンクが二人並んだ姿をまだ一度も見ていない。
 取り繕うのが上手いのだろう、フォックスの目にはマルスは普段通りに見える。だがリンクの方はと言うと、見るからに意気消沈していた。さすがに皆の前では平気そうなふりをしているが、それでも付き合いの長いフォックスには無理しているのがありありと分かってしまう。
 リンクにとってマルスはそれだけ大きな存在なのだろうと思うと、自分のことのように胸が痛む。そんなフォックスが、あからさまに元気のないリンクを見て「なんとかしてやりたい」と思ったのは、ごく自然なことだった。

「なあリンク、ちょっとトレーニングに付き合わないか?」

 ノックの音に応答して扉を開けるなりそう切り出され、リンクは少なからず面食らったようだった。
 ここ最近のリンクは休暇の日は自室にこもって滅多に出てこない。それでは余計に気が滅入るだろうと考えて、なんとか外に引っ張り出す口実としてフォックスが思いついたのがトレーニングだ。ファルコに知られたら呆れ顔で安直だのなんだのと皮肉を貰いそうだが、リンクは少し考え込んでから素直に頷いてくれた。

「わかった。何のトレーニングをするんだ?」
「まあそれはトレーニングルームに行ってからな」
「……? なにか変わったことでもするつもりなのか?」

 訝るリンクに否定も肯定もせず、フォックスは曖昧に笑ってごまかした。盛大に疑問符を浮かべるリンクだがそれ以上の追及はせず、トレーニング用の得物を取りに部屋の奥へと引っ込んでいく。

「ああ、お前はいつもの剣でいいからな」
「……お前は? いつもの?」
「まあまあまあ。とりあえず行くぞ」

 リンクは遂に不信感丸出しの視線をフォックスに向けたが、特に何を言うでもなく訓練用のレプリカを背負って後をついてくる。信頼してくれているようでむず痒い気持ちと、誰かに騙されやしないかと心配になる気持ちをぐらぐらとさせながら、フォックスはまっすぐトレーニングルームへと向かった。

 トレーニングルームに着くなり早速始めて小一時間。実戦形式に則ったハードトレーニングは、時間があっという間に過ぎる。
 お互い上がりきった息を整えようとどちらからともなく提案して、今はようやく休憩中だ。他に誰もいないのをいいことに部屋の中心を贅沢に陣取って、リンクは転がっていたサンドバッグくんをクッション代わりにして座り込み、フォックスはその横で立ったまま水分補給をしている。

「……ほんっと驚いた。フォックス、剣も使えたんだな」

 額から流れる汗を拭きながら、リンクが感極まった声で言う。こんなにも弾んだ声を聞くのは久しぶりで、それだけでも普段持ち慣れない剣を引っ張り出した甲斐があったというものだ。

「士官学校では必須科目だったからな。とはいえ一通り習っただけで、適性があったわけじゃないんだが」

 実際に剣を受けたリンクならわかるだろ?と肩をすくめるフォックスに、リンクは首を大きく横に振る。

「あれなら十分実戦でも通用するって。……少し、マルスの剣に似てると思った」
「マルスに? 俺が?」
「二人とも誰かにちゃんと習った剣だからだろうな。動き方で教養としての剣が下地にあるのがわかるんだ。それで似てるなって」
「なるほどなあ。俺は剣筋からそこまで読み取れないが……判別のコツとかってあるのか?」
「一番わかりやすいのは手首の返し方かな。フォックスは動きが整ってて、姿勢も剣先も綺麗に見える。ちゃんと習ったやつじゃないと、なかなかそうはならないんだ」

 オレは無理、と笑うリンクは言葉とは裏腹に嬉しげだった。久し振りに試合以外で剣を交わしたのが良かったか、もしくはマルスの名前を自然に出せたことで多少は気が紛れたのか。
 運動後で血色も良く、沈みがちだった目にも光が戻っているのを見て、フォックスは満足げに頷いた。

「よし。ちょっとはマシな顔になったな」
「……そんなにひどかったか?」
「まあな、でも無理もない。日常的な小競り合いならともかく、親しい相手と本気の喧嘩をするのは辛いもんさ。怒鳴りあえればマシな方で、そうすることすら出来ずにすれ違うのは一番きつい。俺にだって覚えがあるよ」
「ファルコ相手に慣れてそうなフォックスでもそうなのか。……なら、そうだな。仕方ないのかもな」

 諦めのためではなく納得するために仕方がないと割り切るのは、悪くないことだとフォックスは考えている。今のリンクの発言は恐らく後者で、彼なりに頑張って前を向こうとしているのが伝わってきた。なにを思い描いているのか、遠くに視線を投げるリンクの頭をわしわしと撫で、フォックスも明るい声を上げる。

「ま、とにかく適度に身体を動かすといい。こういう時は退屈が一番の毒だからな。マルスと仲直り出来るまでは、剣のトレーニングなら俺が付き合うからさ」
「仲直り、か。出来るかどうか、まだわかんないけどな」
「大丈夫だって。それにもし出来なかったら、……」

 そこまで言って、フォックスは咄嗟に口を噤んだ。不自然に途切れた言葉を訝ってか、リンクの視線がこちらに向けられる。
 今、自分はいったい何を言おうとしただろうか。
 内心の動揺が顔に出ないように押し殺し、フォックスはたった今飲み込んだ言葉を頭の中で反芻する。
 もし仲直り出来なかったら、俺が――?

(冗談だろ……トレーニング相手の代役だけで十分だってのに)

 とんでもない失言未遂を自嘲しようとして、その内容に更に首を絞められる。それだけで十分だ、なんて気持ちは、どこかでそれ以上を望まないと出てこないものだ。

「……フォックス?」

 床に座り込んだままこちらを見上げてくるリンクの顔は、角度の問題なのかいつになくあどけない。あまりにも不自然なフォックスを、彼は訝るというよりは心配しているようだった。慣れない剣を使ったためにどこか痛めたのか、と手首を中心に関節部に向けられる視線が声もなく語っている。
 全幅の信頼を寄せられていることがわかるだけに、フォックスの中で罪悪感にも似た感情が膨らんでいった。

「いや……えっと、ほら新入りの。デカい剣使う奴、いるだろ?」
「アイクのことか?」
「あぁ、そうそう。俺だけじゃなくてアイクもいるからな、仲直り出来るまで多少長引いたって退屈はしないだろ」

 かなり苦しい言い訳に思えたが、意外にもリンクは素直に納得したようだった。フォックスの不自然な沈黙を、必死にアイクの名前を思い出そうとしていたのだと解釈したのかもしれない。名前を曖昧に濁したのはアイクの名前をど忘れしたわけではなく、単純に混乱の中で稚拙な時間稼ぎをしようとして咄嗟に言い淀んでしまっただけなのだが、逆にそれが功を奏したようだ。
 ごまかしついでにやや乱暴な手つきでリンクの髪を混ぜっ返せば、彼はくすぐったそうに身を捩って笑う。汗かいてるからやめろよ、などと笑い声混じりに抗議しながら、リンクは改まったようにフォックスを見上げた。

「ありがとう。……頼りにしてる、フォックス」
「……ああ」

 上手く笑えているだろうか。答える声はいつも通りに聞こえているだろうか。
 過った一抹の不安は見なかったことにして、フォックスはリンクの頭をもう一度撫でた。くしゃりと乱された前髪が、まっすぐに向けられた親しげな視線を遮断する。
 どことなく敵の射線を切れた時に似た安堵を覚え、同時に彼を敵と重ねてしまった後ろめたさが背筋を伝った。

 深く考えないようにしていた色々なことが、フォックスの脳裏でグルグルと巡る。

 リンクがわかりやすいんじゃない、いつも見ていたから変化に気付いてしまっただけだ。
 落ち込む彼の姿を見て胸が痛む理由が、単純な憐憫であれば良かったのに。
 なんとかしてやりたいと思う気持ちに、邪念が少しもなかったとは言い切れない。
 ファルコみたいに危うげで目が離せない、その気持ちの出処がチームメンバーに向けるものと同じだなんて、とんだ詭弁もあったものだ!

 掘り下げても良いことはないと、いつかの自分は分かっていたのに。
 一度気付いてしまったら後は不毛な感情が渦巻くばかりで、確かに良いことなど一つもなかった。

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