流星を仰ぐ


 超弩級強襲巡洋母艦という肩書に見合った巨大な宇宙空母『グレートフォックス』は、スターフォックスの面々にとって大切な拠点だと聞いている。これがステージとして使用されていない時は本来の役割を全うしていることを、僕が知ったのはつい最近の話だ。
 彼らにとって重要な軍事拠点であるはずだが、フォックスは中に入ってみたいと言った僕を拒まなかった。見たところで僕にはわからないと侮られているのか、それとも信用されているのか、判断が難しい。
 案内役を買って出てくれたフォックスと他愛もない話をしながら艦内を歩き、僕は彼の愛機達が並ぶ格納庫に来ていた。冷たい鈍色の手すりの向こう側にずらりと並ぶ戦闘機は、乱闘中に見る飛んでいるものとは違った迫力がある。
 一番手前にあるのが俺のアーウィンだと教えてくれたフォックスは嬉しそうで、彼にとってこの大きな鳥がかけがえのないものなのだと、改めてわかった。
 今は整備中だというアーウィンの翼の陰からは、忙しく動き回る色々な形をした機械がチラチラ見える。それをぼんやり眺めているだけで、時間があっという間に過ぎていった。

「俺は空で死ぬんだ」

 唐突にそんな呟きが聞こえて、僕は隣に立つフォックスを見た。独り言だったんだろうか、彼は大きな目をキラキラさせて整備中のアーウィンを見上げている。その横顔には自信や誇り、憧憬に希望……あらゆる前向きな感情が詰め込まれていて、そうでないものを見過ぎてしまった僕の目には少し眩しい。
 真正面から相対すると精悍な好青年の印象が強いフォックスは、横顔になると途端に幼く見えると思う。狐にしては短めなマズルのせいだと本人はいたく気にしているから言わないけれど、あどけないその横顔が僕の目には愛らしく映る。その上子供みたいに目を輝かせて無邪気に笑うものだから、時々年上だということを忘れてしまうのも致し方ないだろう。

 だけどフォックスは空に焦がれる無垢な少年ではなく、実際に空を駆けて敵を撃ち落とす歴戦の傭兵だ。
 過酷な戦闘を何度も潜り抜け、傷つけ傷ついて今日まで生き延びてきている。それなのに不思議と血の匂いがしないのは「お前たちとは戦い方が違うから」なのだといつかに聞いた。でも、と彼は続けた。「返り血を浴びる機会がないだけで、人殺しには変わりない」と。その話をした時にフォックスがどんな表情をしていたか、何故だか記憶が曖昧だ。

 戦場の過酷さや累々と横たわる死を知りながら、少年のような輝きで以て空を見上げ、そこで死ぬんだとフォックスは言う。そこには諦観など一切ない。願望すら差し込む余地がない。きっとそれはフォックスの中で既に決まっていることで、言葉にするのは単に確認か、あるいは決意表明だ。
 その価値観や信念自体は、僕もこれまでに見覚えがある。その身一つで幼い王女と王子を守り抜いた将軍は、自らの命と引き換えに全ての責を持って行った。敵として再会してしまった草原の騎士達は、主君のために握った槍を最期まで手放すことはなかった。フォックスにより近いのは、同じく傭兵だった剣士だろうか。卓越した剣の腕を持つ流浪の傭兵は、いつか戦いの中で剣を握ったまま死ぬことを、微塵も恐れてはいなかった。

 いずれにせよ、誰も戦死などさせたくない僕の信条とは相容れない。
 胸中に広がる苦みを無理やりに飲み下して、僕は出来るだけなんでもないような口調で、フォックスの独り言に口を挟む。

「……空で死んだら墜ちてしまうよ。僕はあなたが墜ちるところは見たくないな」
「地上から見える空ならな。でもこの空を超えたずっと向こうには、もっと広い宇宙っていう空が広がってるんだ」

 フォックスは弾んだ声でそう言って、アーウィンだけを映していた目を僕に向けた。清廉な真昼の森の色をした澄んだ瞳に、自分のなんとも言えない不自然な笑顔が反射している。フォックスは綺麗な緑の目を持っているのに、その目はいつも緑も大地も存在しないという暗い宇宙ばかりを見たがっていて、それが僕には不思議でならない。

「宇宙には地上と違って大気がない。大気がある惑星は引力によって地表に大気を引き寄せているんだが、そういった惑星から離れた宇宙……星間は引力が弱いから大気を留めておけないんだ。そういうところで死んでも墜ちない。広い宇宙の中を高速で漂い続けるだけだ」

 前から見てもわかるくらいに、フォックスの尻尾が大きく揺れた。口ぶりと合わせて楽しそうに、白い毛先が肩の向こうでちらちら覗く。空が大好きなフォックスは、宇宙の話となると途端に活き活きとし始める。恐らく彼なりに易しく嚙み砕いた内容を話してくれているのだろうけれど、それでも僕には難解だ。だからこそ、辛うじて理解出来る部分がひどく耳に残る。
 ねえフォックス。それは、そんな嬉しそうな笑顔で言う話かな?

「……ずっと漂い続けるなんて、墜ちるよりも怖いだろうに」
「そうだな。でもそれはないよ。いくら耄碌しても、それはない。ライラット系の星間飛行技術は、惑星間ワープが確立された以降もずっと企業努力で磨かれ続けてるんだ。特にコーネリアはライラット系全体のスペースデブリの除去や星間の整備に熱心だ。そんなところで死ぬなんて、今時無免許運転の不良でも難しいさ。俺が死ぬ場所は、たぶん大気のある惑星の空かその近傍だよ。任務があるのも大体そういうとこだしな」
「大気は引力があるから存在して、引力があると墜ちるんだよね? それってやっぱり、死んだら墜ちるってことじゃないの?」

 熱を帯び始めたフォックスの話はまるで理解出来ないものになりつつあったけれど、僕なりに理解出来たところだけを繋いでみたら話が振り出しに戻ってしまった。きっと全部を理解出来ていないから齟齬があるんだと思うけど、フォックスが何を言いたいのかどんどんわからなくなっていく。
 改めて「死んだら墜ちるのか」と尋ねた僕に、フォックスは快活に笑って「そうだな」と頷いた。墜ちるフォックスを見たくない、という僕の主張は何の意味もなかったようだ。なんだかひどく暗い気持ちになって、それが顔にも出てしまったんだろう。フォックスは小さく苦笑しながら、気遣うように僕を見上げた。

「お前が心を痛めるような姿は見せないよ。えっと、流れ星ってあるだろ? あれと原理は同じだ。地表から見える空より少し高いところ、宇宙の手前にも大気はあるんだが、空で墜ちたらこの大気と高速でぶつかることになる。その衝突によって運動エネルギーが熱エネルギーに変わるから気化……まあ、要するに燃え尽きて光を放つんだ。俺が墜ちたら、地上のマルスからは大きい流れ星みたいに見えるよ。俺も機体も、欠片だって残らない」

 慰めみたいにフォックスは言うけれど、より酷い話になっている。流れ星自体は見たこともあるだけに、あまり詳しく知りたくない知識だった。僕の世界において魔法は『知るべき者のみが知る知識』としてカダインで厳重に管理され、ある種の禁忌とされているけれど、フォックスの世界の『科学』とやらもそれと大差ないのではと思えてならない。
 そんな僕の心境などお構いなしに、フォックスは続ける。その緑色の瞳に、きらきらとした光を宿したままで。

「マルスの世界では流れ星に願掛けするんだろ? 最期にお前の願いを聞けるなら、悪くないな」

 そう言って子供みたいに笑うフォックスが酷く憎らしく思えてしまって、それなのに何故かその笑顔から目を離せない。いつもと寸分違わない声で告げられた言葉が、情熱的な口説き文句のようにも、残酷な訣別の宣言のようにも聞こえる。心臓に刺されたような痛みが走って、瞬間息が止まった気がした。
 死にたがっているわけではないくせに死に焦がれるようなことを言いながら、誰よりも力強く生きようと駆ける彼のことが、僕は本当にわからない。その口から語られる宇宙の話よりもずっとずっと、フォックス自身が難解だ。

 僕はきみの亡骸に託す願いなんて持ち合わせていないよ。そんなことは望まない。それを賢く優しいきみが、理解していないはずがないだろうに。

 気付かれないようにそっと息を吐いて、僕はアーウィンを見上げた。フォックスが惜しみない愛情を注ぐこの鳥は、その愛情に応えるようにフォックスを空に、宇宙に、きっとどこまでも連れていく。そうして飛んだその果てで、彼の身体だけでなく命まで、いつか連れて行ってしまうのだ。他ならぬフォックス自身が、それを望んでいるのだから。

「……あなたが飛ぶのを見るのは好きだよ。だからずっと、飛び続けてほしいと思ってる」

 死なないでほしいとは言えなくて、だからと言ってその死に方を肯定するのはもっと嫌で、僕は曖昧な言葉で本心を包んだ。
 嘘は一つも言っていない。僕は結局のところこの鳥に連れられて飛ぶフォックスの姿に焦がれていて、どんな理由があろうとも、彼らを引き離そうとは思えない。

 フォックスは僕の言葉に少し目を丸くして、それから「そうか」と照れくさそうに笑うと、再びアーウィンに視線を移した。ちょうど整備が終わったらしく、ずっと静かだった機体が唸りを上げながら光を帯びる。目覚めるように起動した愛機を、フォックスは愛おしそうに見つめている。

 すぐ隣にいるはずのフォックスが、まるでずっと遠くにいるように感じた。だけどこれが本来交わらない僕たちの、正しい距離のようにも思えた。 

 高い空を飛ぶ彼に、僕の手は決して届かない。
 これだけは最初から、わかりきった話なのだから。

PAGE TOP