落とし物と先生とカスパル


中身のない、先生とカスパルと大きな落としものの話。


 食堂に大きな落とし物が落ちていたから、拾った。大きくて懐にも袖にも入らなかったから、とりあえず肩に担いでいる。落とし物としては大物中の大物だからか、拾って担ぎ上げるまでに食堂中の視線を集めてしまった。どうか自分のことは気にせずに、食事に集中してほしい。
 落とし物を拾って、落とし主を探して、届ける。この任務が自分は好きだ。ジェラルトがなくした木の筒を探して届けたのが最初だった。助かったと言ってくれたジェラルトが嬉しそうだったから、自分も嬉しくなった。その時ジェラルトに、落とし物を見つけたら面倒がらずに届けてやれと言われたから、その通りにしている。

 さて、この落とし物は誰の物だろうか。いくつか浮かんだ心当たりの内、一番可能性が高そうなのは自学級の彼だろう。この時間はどこにいるだろうか。鍛錬が好きな子だから訓練所か、最近解放された騎士の間かもしれない。近いことだし、まずは騎士の間に向かってみよう。歩いていると、道行く生徒や教団の人間からやたらと視線を送られた。落とし物が大きいからだろうと思ったが、もしかしたら肩に担ぐという行為は傭兵ではない者たちの間では行儀が悪いのかもしれない。考えてみるといささか粗雑な振る舞いに思えてきたので、一旦落とし物を地面に下ろして両手で丁寧に抱え直した。これで問題ないはずだ。
 そのまま騎士の間に向かうと、目的の彼はそこにいた。この子は修道院内を忙しなく移動しているから、一発で捕まえられたのは運がいい。

「おっ、先生! どうし……え、本当にどうしたんだ?」
 彼――カスパルは自分が抱えた落とし物を覗き込んで首を傾げた。その反応で落とし物の持ち主が彼ではないとわかってしまったが、教師として尋ねられたことには答えなければならない。
「落ちていたんだ、食堂に」
「へえ」
「だから拾った。今持ち主を探している。カスパルだと思ったんだが、違うみたいだな」
「んー……んんー……? 一応聞くんだけど、それ冗談か?」
「いや。本当にカスパルだと思った」
「うーん、そこじゃなくてさあ」
 カスパルは首をそれ以上は捻れないだろうというくらいに捻りながら、落とし物をまじまじと見ている。
「まあいいや。なんでオレのだと思ったんだよ、先生」
「直感が言っていた。拾った時、カスパルの声で「間違いなくオレのもんだ」と聞こえた気がしたんだ」
「幻聴じゃねえか! 大丈夫かよ?!」
「大丈夫じゃないかもしれない。一番有力な候補だったんだが」
「あー、他に誰のもんだと思ったんだ?」
「エーデルガルト」
「ああ、まあ、将来的にはそうなる……のか……?」
 あいつは皇女様なんだもんな、とカスパルは頷いている。彼が納得してくれたということは、エーデルガルトが落とし物の持ち主である可能性に期待できそうか。だが引っかかるのは将来的には、という一言だ。今は違うのだろうか。
 考え込んでいると、カスパルが慌てたように首を横に振った。
「いやいやいや、エーデルガルトは違うと思うからやめとけよ」
「わかった」
「ところで先生、落とし主が見つからなかったらどうしてんだ?」
「見つかるまで保管している。今のところ見つからなかったことはないが、もし見つからなかったら……そうだな、貰ってしまうかもしれない」
「そっかあ」
 カスパルの相槌には明らかに気が入っていなかった。たぶん、今しているこの問答が面倒になったのだと思う。こういうところは、幼馴染みだというリンハルトとよく似ている。
 そのままその場を立ち去ろうとしていたカスパルは、何かに呼び止められたかのようにふと足を止めた。落とし物とこちらの顔を交互に見て、何やら複雑な表情をしている。溜息を吐きながら荒い手つきで後ろ頭を掻くと、カスパルは落としものをじっと見ながら呟いた。
「……先生。オレ、そいつの持ち主わかったかもしれねえ」
「本当か」
「ああ。先生は忙しいだろ? オレが代わりに届けておいてやるよ」
「助かる」
 両手を差し出してくるカスパルに、落とし物を渡す。小柄なカスパルよりゆうに大きな落とし物を手渡すことに少し不安を覚えたが、学級内でも鍛えている彼は受け取った落とし物を実に軽々と抱え上げた。さすがだな、と褒めると何とも微妙な顔をされてしまった。カスパルはいつも褒めると素直に喜んでくれるのだが、この年頃の子は難しい。
「任せた。なるべく早く届けてやってくれ」
「おう、任されたぜ」
 本当は自分で届けたかったが、せっかくカスパルが手伝いを申し出てくれたのだから彼の気持ちを無碍にはしたくない。頼もしい言葉を返してくれるカスパルに一つ頷いて、食べ損なった昼食を摂るべく踵を返した。

 担任教師の姿が完全に見えなくなると同時に、カスパルは抱えた”落とし物”を下ろした。
「お前、先生に気に入られてるよなあ。拾われるくらいだし」
「……そうかな。どっちかというと、君が気に入られてるんだと思うけどね」
 二本の足で立ち、よれた服を軽くはたきながら“落とし物”――リンハルトが肩を竦める。無表情な担任の冗談か本気かよくわからない奇行にも平然としているように見えるが、先程まで横抱きにされていた彼は立ち去ろうとするカスパルを視線だけで必死に引き止め、雄弁に助けを求めていた。いつになく焦った様子が物珍しく求められるまま助けてしまったが、あのまま担任の腕の中にいる彼を放置した場合どうなっていたのか、少し気になるのが正直なところだ。
「だから食堂で寝るなって言ってんだろ」
「僕も食べ方どうにかしてって言ってるよね」
「よし、この話はやめようぜ!」
 小言の気配と不利な形勢を素早く察知して、カスパルは話を切り上げた。リンハルトもそのまま大人しく引き下がったが、ふと思いついたように視線をカスパルに向け、その顔をじっと覗き込む。
「ねえ。先生に持ち主がわかったって言ってたよね。君は僕を、誰のところに連れていくつもりだったの?」
「誰ってか、フツーにお前の部屋を考えてたけど。お前の持ち主はお前だろ?」
「ふーん。……そうか、カスパルらしいね。うん。いいと思うよ」
 そう言うリンハルトは喜んでいるのか納得しているのか、よくわからない顔をして頷いている。何とも曖昧な物言いが引っ掛かり、カスパルは首を傾げた。
「なんだよ、別の場所が良かったか?」
「ううん。僕なら『子は親の持ち物。だから親が借り上げている部屋に戻すべき』って自室に帰すけど、君は結論が一緒でも考え方が随分違うから、感心してたんだよ」
「ふーん? よくわかんねえけど。てっきりあのままにしといた方が良かったのかと思ったぜ」
「どういうこと?」
 今度はリンハルトが首を傾げる番だった。相手に理解を求めるための会話を滅多にしない彼らは、自己完結した言葉を投げ合いがちだ。
 頭の後ろで手を組んで、カスパルは「だってよ」と気安い態度で口を開く。
「先生言ってただろ、落とし主が見つからなかったら貰っちまうって。お前、その方が良かったんじゃねえか」
 カスパルとしては特に深く考えた発言ではなかったが、リンハルトは目を軽く瞠って驚いた様子だった。慌てて取り繕うように眇められた目が、じっとりといつになく湿り気を帯びてカスパルを見つめる。
「……なんで? どうしてそう思ったの?」
「なんでって……なんとなく? そんな深くは考えてねえよ」
 思いがけず問い詰められて、困り果てたカスパルはひたすら首を横に振った。リンハルトはそんなカスパルから目を逸らし、じっと宙に視線を投げている。どうやらいつもの考え事をはじめたようで、詰問から解放されたカスパルはホッと胸を撫で下ろした。リンハルトの不意打ちのような問いかけはそこまで珍しいものでもないのだが、どうしてこうも安堵するのかカスパル自身にもわからない。

 しばらく何やら思考を巡らせていたらしいリンハルトは、ふとカスパルに目を向けるとわずかに口角を上げて微笑んだ。
「君って時々恐ろしく鋭いよね。野生の勘?」
「褒めてんのか貶してんのか、どっちだよ」
「褒めてるよ。ありがとう、カスパル」
「おう! ……なにがだ?」
 担任の奇行も幼馴染みの思考も、どちらもカスパルには理解不能だ。尋ねても、リンハルトは「さあね」と言って、いやに上機嫌で薄く笑うばかりだった。
 

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