しれっと生徒と関係を持ってるけどそれを誰にも悟らせずに表情の乏しさですべてを乗り切っている若干狡猾(?)な先生が見たいなと思って書いたやつその3なんですが、先生が全然狡猾になってくれないしわりとバレてそうでダメです。
書きたかったことがまとまらなかったのでいつか手直しをしたいですが、アップした時点でまあいっかとなったりならなかったりするので結局手直しするかもしないかも。
就寝時刻をとうに過ぎ、寮の周辺は静寂に満ちていた。音を立てないようそっと扉を開けて外に出ると、冷たい空気が頬を刺す。吐いた息の白さで、いつもより低い気温に気付かされる。一呼吸で臓腑に満ちた冷たさが、瞬く間に全身に伝っていく。指先まで凍るような冬の厳しさは、しかし微熱を帯びた頭だけは冷やしてくれない。
いつもの制服に襟巻と、最低限の防寒をして自室を出たリンハルトは、短い階段をのぼって寮の片廊下をまっすぐに進んだ。いくつかの扉の前を通り過ぎたが、明かりが漏れ出た部屋はない。季節柄か動物の気配も鈍く、満ちる静謐はまるで自分以外の全てが停滞してしまったかのような、言いしれぬ孤独感を連れてくる。身を竦ませるそれから逃れたい気持ちの表れか、自然と歩く速度が速くなり、あっという間にリンハルトは目的地の前まで辿り着いた。
学生寮一階の端にある一室は、士官学校の生徒ではなく、とある教師が使っている。通りすがりに三つの学級の長を救い、その縁で教師に登用された元傭兵。急な話で教師用の部屋の空きがなく、学生寮の一室を充てがわれたのだと噂に聞いた。その教師――ベレトこそ、今のリンハルトの目的地だ。
音を気にして控えめにしたノックは爪で引っ掻いたくらいにささやかで、意味があるのかも怪しかった。一呼吸置いて扉を押すと、驚くほどあっさり開く。天井の照明が完全に落とされた室内は薄暗く、光源は寝台近くの脇机に置かれた手燭のみだ。その傍らで、膝の上に本を広げたベレトが寝台の縁に座っていた。彼は開いた扉に気づくと顔を上げ、そこに立つリンハルトを見て意外そうに目を瞠った。
「……来たのか」
「こんばんは、先生。すみません、遅くなって」
リンハルトは手短に挨拶をしてから部屋に入り、後ろ手で扉を閉めた。鍵がかかる鈍い音に、ベレトがぴくりと眉を動かす。
吹き込んだ外気はたった数秒で部屋の温度を下げてしまったようだった。それでも十分に温い室内で、リンハルトは息を吐く。ここまで短い道中とはいえ、やはりこの寒さは襟巻のみでは如何ともしがたい。外との温度差に慣れないリンハルトが扉の前で立ちすくんでいると、おもむろに立ち上がったベレトが寝台脇に脱ぎ捨てていた外套を手に近寄ってきた。無言のままリンハルトの肩に掛けられた外套は見た目より重く、温い室内にあったためか温かい。
ベレトはいつも身に着けている黒い鎧とは真反対の、純白の外衣を纏っていた。極めて細い糸で織られた生地は暗がりでも美しい光沢を放っており、華美な装飾こそないが一目で上等な仕立てと分かる。風薫る空の色に変わってしまったベレトの淡い髪には似合いだが、一方でどこか死装束のようにも思えた。
リンハルトは羽織った外套の袖を二つまとめて抱くように掴み、自分の足元に視線を落とした。向かい合う二人分の靴先を眺めながら、リンハルトは沈黙の中、昼間に大広間で交わした言葉を思い出していた。
偉大なる騎士団長の死をさめざめと泣き続けていたガルグ=マク大修道院は、天馬の節に入ってようやく追悼の静寂を破ろうとしていた。封じられた森での一件は関係者以外に秘匿されていたが、ベレトの変貌は隠しきれるものではない。夜空のように深く艶やかな髪と凪いだ海を思わせる碧眼が、揃って淡くきらめく翡翠の色に塗り変わった。大司教レアのそれにも似た髪と目は衆目を集め、院内で人々の口にのぼるのは専ら元傭兵な現教師の新たな見目についてだ。
父親の死、仇との邂逅、自らの変貌、節末に予定された啓示の儀。これだけの事が立て続けに起これば、いかに強さと動じなさに定評のあるベレトと言えども疲労の影は拭いきれない。大広間でたまたま見かけた彼は涼しい顔こそしていたものの、リンハルトの目にはいつもより覇気がないように見えた。だからといって掛ける適切な言葉も思いつかず、そんな時に限ってまっすぐこちらに向かって来て目の前で足を止めた担任を、リンハルトはいつも通りの軽い挨拶と共に迎えることになった。
「あ、先生、無事ですか? ハンネマン先生に何かされてません?」
これはさすがに軽口が過ぎたかと、口を滑らせてからじんわりと後悔が広がる。しかしリンハルトの言葉を受けてベレトはどこか安心したように表情を緩ませたため、杞憂はたちまち霧散した。
大丈夫と小さく頷くベレトに、リンハルトは安堵する。変に気遣うよりはいつも通りに振る舞った方がましだと考えてのことだったが、この場に限っては正解だったようだ。ちらちらと四方八方から向けられる好奇の目線に晒されながら、リンハルトは軽口を続けた。
「なら、僕がなにかしたい……あ、いや、やっぱり調べさせてほしいなって」
「……君はまだ、そう思ってくれるのか」
微かな微笑みを口の端に浮かべたベレトにそう尋ねられて、リンハルトは首を傾げる。目の前の教師が何を言っているのか、言葉の意味がわからない。まっすぐにリンハルトを見つめるベレトはどこか淋しげに笑っていて、その儚げな表情の意味もわからない。
あれからいろいろあったから、忘れられてしまったのだろうか。この浮世離れした不思議な教師を好きに出来る将来をと、女神の塔で望んだのはリンハルトだ。ほぼ一方的に取り付けた誓いだが、そこには嘘偽りなど一つもなかった。ベレトだって「まだ早い」と言いながらも、リンハルトがまた二人で会おうと願った時は、静かに頷いてくれたというのに。
「えっと……僕はいつでも先生を調べたいですよ? 許してくれるなら、今夜にでもいろいろしたいくらいです」
「……そうか」
ベレトは薄く微笑んだままそう呟くと、そっと目を伏せた。降りた瞼に微睡みとも祈りともつかないものを感じて見入ってしまう。惚けた気分でじっとその顔を見つめていると、すぐに開かれた淡い瞳の無機質な視線が、リンハルトをまっすぐに射抜いた。
「わかった。ただし、交換条件がある」
そう言って一歩踏み出したベレトが、静かにリンハルトの耳に口元を寄せる。
「……俺も君を好きにさせてもらう。それでもいいなら、好きにしてくれ」
ひっそりと耳打ちされた言葉に、リンハルトは目を瞠った。たった二言告げるだけの短い間ではあったが、いつにない距離の近さを大広間のそこかしこから遠巻きに見られている。だがそれを気にする余裕は、リンハルトにはなかった。いつもの距離と少しの間を置いたベレトに低い声で「意味はわかるか」と尋ねられるまで、ろくに瞬きすらできずに茫然と彼の顔を見つめていた。
「それって……先生も僕のなにかを調べたい……ってことじゃ、ないですよね」
「ああ。自分に君のような探究心はない。言葉通りに受け取ってほしい」
「……僕はその、同性とのやり方は習ったこと、ないです。あの……そういうことで、合ってますか」
「合っている。こちらも貴族の作法は知らない。……酷い事をすると思う」
その瞬間、リンハルトの背筋を貫くように未知の感覚が駆け上った。ぞわりと粟立った全身は今にも震えだしそうで、それをごまかすべく自分を抱くように片腕を押さえる。
近くに人はおらず、この会話が聞かれる心配はなさそうだったが、自然と二人の声は小さくなった。らしくもなくひそひそと躊躇いがちに話すリンハルトに対して、ベレトは声こそ小さいが常と同じく端的な口ぶりだ。教鞭を取っている時と声量以外は何ら変わらない。違うのは声ではなく顔だった。最近柔和になったと誰もが口を揃えて言うベレトの表情は今、柔らかさの欠片もなく怜悧に凪いでいる。感情がまるで窺えないその眼差しは彼が赴任してきたばかりの頃を思い出させて、リンハルトの胸に場違いな懐かしさが滲んだ。
「今夜だけ自分の部屋の鍵を開けておく。来るか来ないかは、君に任せる」
何も言えずにいるリンハルトにそう言い残すと、ベレトは外套を翻して大広間から出て行った。リンハルトがそうしたように、大広間中の多くの視線が小さくなっていくベレトの背中を見守っている。その中に一つ、視線の波に逆らうようにしてまっすぐにリンハルトの方へと向かってくる気配があった。ずいぶん離れたところから、横目でさり気なく二人の様子を窺っていたシルヴァンだ。
「リンハルト、先生と何話してたんだ?」
「あたしも気になるー! なーんかせんせ、ちょーっと様子ヘンだったよねー?」
シルヴァンの後ろからひょこっと顔を出したヒルダは、リンハルトではなく自分の隣にいるマリアンヌに小首を傾げて同意を求める。おろおろと逡巡したマリアンヌは、ヒルダとシルヴァンをそれぞれ一瞥してから、気遣うような視線をリンハルトへと向けた。
「あのう……リンハルトさん……?」
「ごめん。なんだか、すごく眠くて……」
ふわあ、と一つ大あくびをして、リンハルトは三人の視線を振り切るとベレトが向かった方角とは逆方向に歩き出した。「もう、リンハルトくんってばー!」と可愛らしく憤るヒルダと、それを調子良く宥めるシルヴァンの声を背中で聞きながら、行く宛もなくただ歩く。急激に眠気が来たのは嘘ではなかったが、それを理由に彼らと距離を取ったのは明確に誤魔化しで、逃げだった。
少しでも眠っておかなければ。今夜、起きているために。
ふらふらと足の向くまま回り道をして自室に戻ったリンハルトは、そのまま寝台へと潜り込んだ。確かに眠たいはずなのに、羽毛の枕に顔をうずめて目を閉じても、一向に意識が薄れない。久し振りに『眠れない』感覚を味わいながらリンハルトが思いを馳せるのは、当然ベレトのことだった。
(まだ早いって言ってたのに、どうして)
その答えはわかりきっている。彼は知ってしまったばかりなのだ。当たり前に寄り添ってくれた大切な存在が、一瞬で喪われる絶望を。またいつかと先延ばしにした明日や未来が、永遠にやってこない暗澹を。
(先生は僕をどうしたいんだろう。僕は先生に、どうしてほしいんだろう)
嫌われていないことは知っていた。単なる一生徒以上に目をかけてもらっている自覚もある。だが劣情を抱かれるほどとは思ってもみなかった。そもそもそんなものが彼にあるとは思えなかったが、回りくどい言い方で確認した限りでは、意味を取り違えた誤解の可能性は低そうだ。
(……僕は先生のこと、好きだけど。先生は……)
それからは一人では決して答えの出ない問い掛けが、頭の中をぐるぐる巡るばかりだった。結局一睡も出来ないまま夜の帷は落ちきって、リンハルトはベレトの部屋へと足を運んだのだった。
外套を羽織ったリンハルトは、導かれるまま寝台の縁に座っていた。先程までそこに座っていたからだろう、ベレトのぬくもりの名残がじんわりと服越しに伝わってくる。
当のベレトはといえば、リンハルトを寝台に誘導しておきながら何をするでもなく、少し離れた書物机の脇で腕組みをして立っていた。切れ長の瞳は静かに、自分の外套で暖を取るリンハルトを眺めている。
「それで……なにをすればいい?」
ふいに飛んできた質問に「えっ」と間抜けな声を漏らしかけて、すんでのところで堪えたリンハルトは代わりに小首を傾げた。真似をするように軽く首を傾けたベレトが、解いた腕を広げてみせる。
「好きにするんだろう? なんでも調べてもらってかまわない」
「それはたいへん魅力的なお誘いなんですけど……先払いでなくてもいいんですか? 調べるだけ調べて、逃げ出すかもしれませんよ?」
「先払いにしたところで、君に調べる体力が残ると思うのか? それから、逃がすつもりはない」
さらりと告げられる強い言葉に、リンハルトの身体がびくりと反応する。跳ね上がった心臓がうるさく鳴いて、きゅうと胸を締め付けた。
正直なところ、ここに至って自分の要求――即ちベレトの身体を好き放題調べる件について、リンハルトはそこまで頓着していなかった。興味を失ったわけではなく、単純により好奇心を掻き立てる好条件を向こうから提示されたからだ。
研究対象のことは何でも知りたい。それが一般には秘匿された内容ならなおさらだ。卵とはいえ研究者であるリンハルトは、そんな厄介な性質を持っている。
ある種の神聖さを纏うこの教師は、一糸纏わぬ寝台でどのような行為に及ぶのか。何を好み、何を嫌い、何を喜び、何を憂うのか。彼の行動は、嗜好は、宿した紋章に何らかの影響をもたらすのか。これらの疑問に一欠片でも答えが得られるのなら、喜んで身を擲つのがリンハルトという研究者だ。期待される副次的な成果として、体液等の生体採取も望めるとなれば、先払いはむしろ効率が良い。
(いや、違う……そうじゃなくて……)
つらつらとそれらしい建前ばかりを並べたてる頭を振って、リンハルトはベレトを見つめた。本当はたった一言で済むのだと、リンハルト自身も理解している。だがそれを口にするには熱が足りず、リンハルトは前を掴んで合わせた外套の中で身を縮めた。
「……どうして僕なんですか」
「なにが」
「貴方が誘えば大抵の人がついてきますよ。選り取り見取りでしょうに、どうして僕なんですか」
「……自分に懐いていて、都合が良かったから」
「何でも調べてもらってかまわないと言ったのは貴方じゃないですか。偽証しないでくださいよ」
見え透いた嘘を呆れ顔で咎めれば、ベレトは悪びれもせずに肩を竦めた。
「では答える前に一つ問いたい。リンハルト、君は卒業後どうするか決めたか?」
「それ、関係ありますか」
「あるから訊いてる。見当違いならすまないが……君は帝国に帰り、家を継ぐつもりでいるんじゃないか」
実家であるヘヴリング家を継ぐ。それはリンハルトがベレトと出会うずっと前から、嫌だ嫌だと拒み続けてきた選択肢だ。
リンハルトが貴族に向いていないことは自他ともに認める事実である。生まれ育ったヘヴリングの地に愛着すらないのに領地経営に興味を持てるはずもなく、非社交的な性質は夜会をはじめとするあらゆる会に適さない。帝国の内政を一手に担う父親を間近に見ていても、その仕事ぶりを凄いと思いこそすれ、自分の奮起には繋がらなかった。
それでも、それだからこそ、将来課せられる責務に対して自分ができる最低限を、リンハルトは幼い頃から意識せざるを得なかったのだ。好きなことだけをして奔放に生きる自由が許されるのは自分が子供だから、良家の嫡子だからということは、痛いくらいに知っていた。士官学校での一年が子供の我儘が許される、最後の猶予期間であることも。
ベレトは本当に生徒をよく見ている。現実を直視しながら叶わない夢を嘯いているだけの自分を嫌になるくらいに見透かされて、リンハルトは大人しく両手を上げて降参した。
「……はい。僕は最初から、それ以外の選択は考えていません。紋章学者になりたいのは本心ですけど……猶予期間だからこそ許される夢を見ていただけです。どうしてわかったんですか?」
「君は向き合いもしないものを、意味なく嫌いはしない。貴族としての責務について、真剣に考えたことがあるからこそ嫌がるのだろうと思った」
「買い被りすぎですよ、先生。ただ漠然と、面倒だらけの嫌な未来を想像してるだけです。父から爵位を継いで、次期内務卿として興味のない仕事をしながら、適当な釣書から選んだ女性と子を成して後継者を作り、領地と国を守っていく。そんなつまらない未来をね」
「ああ。君ならそんな重責も、そつなくこなせるだろうな」
「先生の『好きにする』って、進路相談で本音を吐かせることだったんですか?」
言葉を交わせば交わすほど萎れていく気持ちを八つ当たりのようにぶつけると、ベレトは小さく苦笑して首を横に振る。
「夢を見ていたのは自分もなんだ。どこかで君は、ずっと追いかけてきてくれると思い込んでいた。卒業して領地に帰った君に、そんな自由があるはずもないのに」
無知を恥じらうように、言葉尻は小さな声だった。本来貴族と平民の人生は交差しないことの方が圧倒的に多いが、右を向いても左を向いても貴族だらけのこの学校にいると、その『常識』はむしろわからなくなるのかもしれない。教師になる前のベレトはそもそも身分を意識したことなどなかっただろうし、貴族らしくない貴族の代表であるリンハルトにこうまで懐かれては余計にだ。
リンハルトは黙ってベレトの言葉の続きを待った。もう十分だという気持ちと、はっきり言質を取りたい気持ちが、胸の中でせめぎ合っている。
無言の圧力を嗅ぎ取ったか、ベレトは観念したように小さくため息をつくと、まっすぐにリンハルトを見つめ返した。
「まだ早いと言った時、君はいつか許してくれるのかと喜んでくれただろう。そのいつかは、待っていても絶対こない。俺が君のものになれるのは、生徒と教師でいられる今しかない」
機会は作るか作らないかだと君に教えられて機会を作った、だから相手は君だった。
ベレトは一息にそう言って、「これで先の質問の答えになるだろうか」と自信なさげにはにかんだ。
誰かに知られてはいけない後ろ暗い関係だということは、きっと二人ともわかっている。手を伸ばしたら駄目なことも、気持ちは秘めるのが正しいことも。だから言葉を濁して、想いを曖昧にして、それで愚かにも最低限を確保できたつもりでいるのだ。
リンハルトは小さく笑うと、ベレトに向かって手を広げた。彼の言葉には芯から沸き立つ熱さも、頭がくらくらする甘さもないが、外套に包まれた身体はもうちっとも寒くない。じんわりと滲むあたたかさに、それだけで十分だと思えた。
「先生、僕は先払いでいいです」
誘うように手を伸ばせば、ベレトは軽く目を瞠った。出会ったばかりの頃、誰もが無表情だと言って憚らなかった時から、彼が丸くする目に感じる幼い印象は変わらない。躊躇いがちにゆっくりと近付いてくるベレトを、リンハルトは迎え入れる腕はそのままで待った。
「……逃げるなら、これが最後の機会だが」
「逃がさないんじゃなかったんですか? まあ、そもそも僕は嫌じゃなければ逃げませんが」
身体ひとつ分の距離を開けて立ち止まるベレトを見上げ、リンハルトは悪戯っぽく笑ってみせる。
「先生のものになるために来ました。どうぞ、好きにしてください」
弾かれたようにベレトが一歩踏み込んだ次の瞬間、抱きすくめられたリンハルトは完全に身動きが取れなくなった。
これまでの淡々としたやりとりが嘘のように、強く柔らかな抱擁だった。慈しまれているのが、縋られているのが、触れ合ったところすべてから伝わってくる。
「すまない。夜明けがくるまで、離してやれない」
耳元で囁かれる掠れた懺悔を聞きながら、リンハルトはベレトの背中にそっと手を回して目を閉じた。
